今宵、月が愛でる物語
「葵、来いよ。」

月明かりに照らされた千景さんが、あの日私を初めて抱いたソファでネクタイを緩めながら甘く呼ぶ。

「………………。」

その姿は私を呪縛のように惹きつけてしまって………

まるでそれが1つの流れかのようにごく自然に、私はその膝に跨るように向かい合わせに座り緩められたネクタイをスルリと外す。

「……無口だな。」

「……………。」

当たり前だよ。お見合いが成立した以上この関係はおしまいだもの。

「葵?なんだよ、機嫌悪いのか?」

囁くように頬に触れてくる大好きな指先は、やっぱり色気を含んでいる。

「いえ。………でも。」


でも、もうじき…私じゃない女に触れてしまうんだ。


私じゃない女を、『愛してる』と言って抱くんだ。


「なんだ?」

「…………悪かったらどうしますか?」

ふいにピリリと嫌な気持ちがこみ上げて口をついて出た問い。

それは思った以上に抑揚なく静かに室内に放たれ、千景さんに届いた。


「………そんなの決まってるだろ?

………『良く』してやるよ。」


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