今宵、月が愛でる物語
「え…っと?」

ジリジリと距離を詰めてくる彼に後ずさりしていると背中に当たるひんやりとしたガラスの感触が当たった。

このビルの特徴。非常階段は一階から12階まで全てガラス張りになっている。

「ちょっ…近いって!

何?疲れてるの?…離れてよっ!」

手を伸ばしたらすぐに触れてしまう至近距離まで来た彼は私が知ってる彼じゃないように見える。

「どこに行くか分かってるよ?…そんなにあいつがいいの?」

「!?」

思わずどきりと反応してしまう。私たちの関係は誰にも言っていないのに。

「…あいつって?なんのこと?

私はただ上に用事が…」

ドンッ!

「やっ!な…に…?」

ガラスを叩くように両頬の脇に腕を伸ばされ身動きが取れなくなる。

「お前…、なんであいつばっか見てる?そんなにいい?」

怒りを含んだようなその物言いは突き刺さる視線とともに私を捕らえる。

「…いきなりどうしたの?こんなことされると迷惑。…どいて。」

「ヤダ。」

「っ!?」

一体どうしたというのか。

温厚なはずの彼がこんな風に荒っぽい行動を取るなんて。



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