今宵、月が愛でる物語
「紗良、大丈夫?」

「……あ………」

押し付けられた胸の鼓動とともに頭の上から聞こえたのは大好きな彼の声。



…響也さんだ……



強張っていた身体から一気に力が抜け、思わず膝が崩れる。

「おっと。」

「っ!きゃぁ!」

ふわりと抱き上げられて思わずしがみついてしまった私に笑顔を向けた響也さんはとても満足そうだった。

「ん。そう。そのまま可愛くしがみついててね。」


…この表情に、私はすこぶる弱い。


さっきまで感じていた恐怖が嘘のように過ぎ去り、嗅ぎ慣れた彼の香りに安心感で満たされる。

「響也さん……。はい。」

今にも零れそうな涙を隠すように首元に顔を埋めて心を落ち着かせる。

「………さて。」

彼の纏う空気が一瞬で冷える。

それを察知して顔を上げてにキュッとシャツを握ると、『大丈夫』と言うように微笑んで髪に口づけられた。

「…君、沙良の同期の青柳だな。

いつか食ってかかってくるとは思ってたけど、これはどういうことだ?

沙良を襲うのは最低なルール違反だろ。

俺のとこに来いよ。

……こんなに怖い思いをさせて…、どう責任を取る?」

「……っ!」

引き剥がされて階段に座り込むようになった体制の青柳君はそのまま悔しそうに響也さんを下から睨みつける。

「……横取りするようなヤツに言われたくない。

こいつに目をつけたのは俺が先だ!

ずっとこいつだけ見てきたのに、転勤して来たお前がいきなり横から奪って行ったんだろ!?」


………はい?


この2年、私は一度も青柳君の想いを聞いたことなんてない。

それをまるで当たり前のように言われても…

……子供のような言い訳。聞いていて呆れてしまう。

「……おこちゃま?」

思わずボソリとそう呟いてしまうと、響也さんは一瞬驚いたようにピクリと私を見てニコリと笑った。

「…沙良、正解。こいつは勝手に沙良を自分のものだと思い込んで勝手に怒ってるお子ちゃま。

そういう男ってどう?」

挑発するような、どこか面白がるような言い回しは彼特有のものだ。

「……どうでもいいです。

私は響也さんしか興味ないです。」

「…!」

「……だって。

さすが俺の沙良だろ?

君みたいな男には絶対手が届かないよ。

じゃ、もう邪魔すんな。

…今度やったら会社から抹殺する。」

最後の一言を低く冷たく言い放ち、響也さんは私を抱き上げたまま自分のオフィスに戻った。



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