今宵、月が愛でる物語
もう誰もいない消灯された彼のオフィスで月明かりを頼りに打ち合わせ用のソファに降ろされる。

「あ…、ごめんなさい。重かったですよね…っ!」


突然のキス。


深くて濃い、私を溶かしてしまうキスが、覆いかぶさるように上からどんどん降ってくる。

「…っ、ダメ…です。ここ、会社っ!」

逃げようとしても頭を支えるように添えられた手がそれを許さない。

「…っ。あ…」

離れたと思っても更にまた降ってくる甘い唇。

「響也さんっ!ちょっ…待ってください…っ、あっ!」

ギュッと抱きしめられ…『はぁ』と、彼の安堵の溜息を感じる。

「響也…さん?」

「…怖かったろ?

ごめん。もっと早く行ってたら。」

私の無事を確かめるようにきつくきつく抱くその腕は、微かに震えているような気もする。

「…痛いところ、ないか?」

「…もう平気です。」

「…どっか触られた?」

「…………」

首筋にあの時唇が触れたことを思い出し、一瞬どくりと跳ねる心臓。それを隠そうと、無意識に彼のスーツの裾を掴んでしまう。

「沙良?」

「……大丈夫です。」

他の男に触れられたなんて言いたくなくて笑顔を作ってそう言ったけれど。

わずかに曇った私の表情を彼が見逃すはずもなく、頬に手を添えて優しく問われる。

「………ちゃんと言って?

じゃないと……」

「きゃぁっ!?」

背中に彼の手が触れたかと思うと視界が揺れ、気づくと目の前には月明かりを右上から浴びて私を見つめる彼がいた。

「…あの、響也さん。これは?」

「ん?沙良が嘘つくからだろ?

言わないなら服一枚ずつ脱がせて確認する。」

「なっ!服って!脱がなきゃならないようなとこは触られてません!」

「じゃ、どこ?」

ニコニコと笑顔を向けているけどその目は真剣だ。

「……そんなに触られてません。腕と頬と…首だけです…。」

渋々白状させられた形で尻籠るように話す。

「ふぅ~ん。わかった。俺に任せなさい。」

そう言って私の腕を取る彼を訝しげに見つめていると彼の瞳は一瞬キラリと光り…

ちゅっ…ちゅっ…

ワザとリップ音を立ててキスをし始めた。

「ちょっ!響也さんっ!」

「…静かにして?あんなやつに触られたままなんて俺が我慢できない。」

その声は少し怒りを含んでいる。

…ちゅっ。

「沙良は俺だけの沙良なんだから他の男に触れられたことなんて覚えてられないくらい俺が触る。」


…ちゅっ。


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