ハナミツ







***






昔、母が舞台に立っていた時に私はよく
リハーサルを見に行っていた。


リハーサルでも鬼気迫る演技の母に圧倒されていた。




……怖かった。


母が別の人間として舞台の上で演じていることが。
物凄く、怖かった。


それを母に伝えたら嬉しそうに、
ありがとうと私に言ってくれた。


あのとき意味が分からなかったけど、今なら分かる気がする。


母は演技を、褒めたから嬉しかったのだ。







***



綾瀬さんのあの声だけの演技を見ていたら、ふと思い出してしまった。




「藤ノ宮さん?」


「あ、は、はい。すみません、ちょっと雨がすごいなって…」



綾瀬さんにリビングに布団を敷いてもらい一息ついていた。




「確かに。明日心配ですね」


「大丈夫ですよー、わたしが送って行きますよ。
明日お休みなんです。」




綾瀬さんは、ふっと少し笑っていえいえと言った。


「気持ちだけ受け取って置きますね。」




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