あやかし提灯
現実味のなさすぎる答えかもしれないが、その類いのものしか出てこない。
「影があるぞ」
「忌まわしい忌まわしい」
まわりに影がないせいか、自分の影が一層濃く見えてしまう。
菜月は逃げるように走り出した。
どこに逃げているのかなんてまったくわからない。
なぜか走ることに安心してしまっていた。
「お嬢ちゃん」
目の前に突如としてあらわれた老婆に、思わず足を止めた。
「仮面はいるかね」
老婆は黒いローブをまとい、笑みを浮かべる白い面の向こうから菜月にやさしく声をかけた。
そして、背負っていた籠の中からうさぎの面を選び菜月に差し出す。
「お嬢ちゃんはかわいいから、お代はいらないよ」
言葉を発せば帰れなくなる気がして、菜月はお辞儀をして面を受け取った。
老婆は二回うなずくと、人混みへと姿を消した。
受け取ったうさぎの面は、お世辞にもかわいいとは言えず、奇妙な顔をしている。
これで少しはまわりに見られなくなるかもしれない。
顔にかけていたカーディガンを再び羽織り、面を着けようとすると、これまた奇妙な猿の面を着けた少年が菜月の肩を叩いた。
「君、迷い者だよね」
ひそひそ話をしている人たちとは違って、自分と近いものを感じたために、菜月は必死にうなずいた。
「迷い者……って言ってもよくわからないか。色々教えてあげたいところだけど、あいにく仕事でねー」
少年は背負った小さなポストを見せてみた。
郵便?
「こう見えて忙しいんだ、僕。あと七軒もまわるんだ。しかも一軒は蛙山のてっぺんまで登るんだ。いやぁ、まいったね」
あまりに話すものだから、実は忙しくないのではと疑いそうになる。
「蛙山わかる?わからないよね。何も知らないよね。うんうん、困ったね」
何か教えてはくれないのだろうか。
少年の苦労話を永遠に聞かされそうで、菜月は視線を面へと移した。
「あ、だめだめ。面は着けちゃあいけないよ」
少年はうさぎの面を取り上げて、紐で腰にくくりつけた。
「帰りたいなら面はつけないように。……なーんて言っても帰り方は僕も知らない」
今度はひとりで笑い始めた。
安全な人かと思ったけれど実は一番危ない人かもしれない。
「気をつけてるみたいだけどしゃべっても大丈夫だよ」
ようやくまともなアドバイスをもらうことができた。
「ありがとうございます」
ほっと胸を撫で下ろし、頭を下げた。
「まぁ保証はできないんだけどね」
絶対にこの人の言うことは聞かないと心に誓った。
横をすり抜けようとすると、少年は慌てたように笑った。
「ま、待ってよ。冗談だって」
どこまでが冗談なのかわからない。
「そうだね……ちょうどよかった、今開いたみたい」
少年は一軒の建物を指差した。
屋根に不恰好に取り付けられた分厚い木には『提灯屋』と書かれている。
「あの店にいる人はいいアドバイスしてくれるよ」