*スケッチブック* ~初めて知った恋の色~
「あの……?」


いつまでも何も答えずにいると、その女性は不思議そうな表情でわたしを見つめる。


「あ……すみません! ぼんやりしてて……。え……と、そうです。安佐川です」


焦って答えるわたしに、その女性は優しそうな笑みを浮かべながらこう言った。


「ここは……蛍がキレイなのよね」



その言葉に、前に美術室でシィ君と話した記憶がシンクロした。


『知ってる? 安佐川って、蛍がおるねんで』

『知らない。夜、行ったことないから……』

『そうなん? じゃ、今度一緒に行かなあかんな』



とたんに目の前の景色が滲みそうになった。


「アナタ……大丈夫?」


泣きそうなわたしの顔に気付いたのか、その女性は心配そうに覗きこんでいた。


「あ。ハイ大丈夫です。そうなんですか……。昼間しか行ったことがなくて、蛍は見たことないんです……。あの……すみません。失礼します。」


ペコリと一礼して、その場を去った。



誰にも気付かれないように、下を向いたまま廊下を走ってトイレへ駆け込む。



個室のドアを閉めた瞬間、涙腺が緩んで涙がポタポタと落ちた。


――ダメだ……。

ちゃんとしなきゃ。

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