楓の樹の下で
第一章 “はじまり”
それは袋の中にいた。
朱里との帰り道、音がしたと言い出した彼女をその場に待たせ、深夜過ぎのこんな夜中なんだから、猫かなんかだろうと、言いながらごみ置き場へと足を進めた。
黒い袋に入ったソレは、猫でもなく、他の何かでもなく、確かにその中で小さくうごめいていた。
俺は、朱里の前だからと平然を装い高速で打たれる心臓の音を抑えながら、ソレに手をかけた。
冬だというのに、手のひらには、いっぱいの汗をかき額には汗が滲んだ。
震える手で袋を開けた。
その中にいたのソレは口を塞がれ足は縛られ両手は後ろ手に縛られた幼い男の子だった。
「朱里、救急車!急いで!!」
さらに鼓動が早く脈打つ。薄暗い街灯の光に照らされたその体は痩せ細り、あちらこちらに無数のあざと傷で痛々しい姿だった。なにより真冬の空の下、その男の子はなにも着ていない。
ぐったりと体を横たえ浅い呼吸を繰り返し、腫れた目は閉ざされ虫の息だった。
「ねぇ大丈夫?今救急車呼んだんだけど…」
そう言って近づいてきた彼女は小さな悲鳴を上げた。「なんで…」そう呟くように言った言葉の後、黙ってしまった彼女は小さく震え涙を流した。
二人で着ていた上着や、マフラー、手袋、全ての防寒具をその男の子に着せた。
二人でその男の子を少しでも寒さを…と、抱き締めた。氷の様に冷えた体に触れると、俺まで泣きそうになった。
ふいに朱里が気付く。
「これって虐待だよね?警察に連絡したほうがいいよね?」
そうだ。そうだろ、なんで俺は気付かなかったんだ。ただこの状況の異様さに冷静になれば出来る行動が消されてしまっていた。
つくづく女って、凄いと痛感する。
「俺が電話してくる。」
そう言って少しその場から離れて、一度の深呼吸してから電話をした。
自分の名前と朱里の名前。住所と何があったとか、現場の状況を伝えた。
その間に救急車がサイレンを鳴らして到着した。
朱里が救急隊員の対応をしている。
俺は警察に一緒に救急車に乗ると伝え、電話を切った。
ストレッチャーに乗せられた男の子の体はやはり小さく、まだ6歳ぐらいだと俺は思った。
「警察には通報しました。一緒に行くと言ったので乗っていいですか?」
「わかりました。じゃ乗ってください。」
「はい。朱里は先帰ってて。」
「ううん、一緒に行く。いいですよね?」
「…わかりました。乗ってください。」
車内の中では隊員が男の子を呼吸の確保や心電図のコードを付けていく。
隊員が大きな声で男の子の肩を叩きながら呼びかける。少しまぶたが動く。
隊員は無線で、男の子の状況を伝えている。
程なくして病院に着いた。
そこには連絡を受けたのであろう警察らしき男女二人が入口で待っていた。
「ええっと、鏑木正親さんと猪田朱里さんですね?」
年配で体格の良い男の方が声を掛けてきた。
その男は警察手帳を見せながら青木と名乗り、青木の隣の女性は木田と名乗った。
「詳しく話を聞きたいので我々と一緒に現場まで一緒に来ていただけますか?」
「はい…あっでも、あの子は?」
不安そうに俺の袖をつかむ朱里の気持ちが伝わり聞いてみた。
「心配でしょうが、あとは病院に任せて我々と一緒に…」
促すように、車へと手をさしのべる。
「わかりました。」
朱里も小さく縦に首を振る。
現場に着くと、そこには多くの警察らしき人々がドラマや映画のように動いていた。
目が眩む程の強いライトに照らされたその場所は、他に何もなく、男の子が入ってたごみ袋と俺が外したビニール紐とテープがあった。
「あの袋に入ってたってことですかね?」
呆然と見つめてた俺に頭を掻きながら青木が聞いてきた。
無言のまま、うなずく。
「あの中にですか…」
溜息まじりに、そう言った青木は、横目で鏑木を見た。
それから青木は今日の朝からのことを全て話してほしいと言ってきた。
朝二人で家を出たこと、職場は同じ場所だということ、仕事終わりに食事をし、店を変えて飲んでたということ、そして帰り道朱里が気付き自分が袋を開けたこと…など、全ての経緯を話した。
緊張と寒さでうまく口が回らず、ちゃんと伝えれたのか不安だった。
「では、今日はお帰りください。また後日お話し聞くと思いますが、その時はご協力お願いします」
木田がそう伝えてきた。
二人で小さなため息を付いた。
空はうっすら明るくなってきていた。
そこからの帰り道二人は無言だった。
家に付いた俺たちは、ほんの数時間の睡眠を取り、また仕事へと家を出た。
その電話が職場に掛かってきたのは、一週間経ってからだった。
朱里との帰り道、音がしたと言い出した彼女をその場に待たせ、深夜過ぎのこんな夜中なんだから、猫かなんかだろうと、言いながらごみ置き場へと足を進めた。
黒い袋に入ったソレは、猫でもなく、他の何かでもなく、確かにその中で小さくうごめいていた。
俺は、朱里の前だからと平然を装い高速で打たれる心臓の音を抑えながら、ソレに手をかけた。
冬だというのに、手のひらには、いっぱいの汗をかき額には汗が滲んだ。
震える手で袋を開けた。
その中にいたのソレは口を塞がれ足は縛られ両手は後ろ手に縛られた幼い男の子だった。
「朱里、救急車!急いで!!」
さらに鼓動が早く脈打つ。薄暗い街灯の光に照らされたその体は痩せ細り、あちらこちらに無数のあざと傷で痛々しい姿だった。なにより真冬の空の下、その男の子はなにも着ていない。
ぐったりと体を横たえ浅い呼吸を繰り返し、腫れた目は閉ざされ虫の息だった。
「ねぇ大丈夫?今救急車呼んだんだけど…」
そう言って近づいてきた彼女は小さな悲鳴を上げた。「なんで…」そう呟くように言った言葉の後、黙ってしまった彼女は小さく震え涙を流した。
二人で着ていた上着や、マフラー、手袋、全ての防寒具をその男の子に着せた。
二人でその男の子を少しでも寒さを…と、抱き締めた。氷の様に冷えた体に触れると、俺まで泣きそうになった。
ふいに朱里が気付く。
「これって虐待だよね?警察に連絡したほうがいいよね?」
そうだ。そうだろ、なんで俺は気付かなかったんだ。ただこの状況の異様さに冷静になれば出来る行動が消されてしまっていた。
つくづく女って、凄いと痛感する。
「俺が電話してくる。」
そう言って少しその場から離れて、一度の深呼吸してから電話をした。
自分の名前と朱里の名前。住所と何があったとか、現場の状況を伝えた。
その間に救急車がサイレンを鳴らして到着した。
朱里が救急隊員の対応をしている。
俺は警察に一緒に救急車に乗ると伝え、電話を切った。
ストレッチャーに乗せられた男の子の体はやはり小さく、まだ6歳ぐらいだと俺は思った。
「警察には通報しました。一緒に行くと言ったので乗っていいですか?」
「わかりました。じゃ乗ってください。」
「はい。朱里は先帰ってて。」
「ううん、一緒に行く。いいですよね?」
「…わかりました。乗ってください。」
車内の中では隊員が男の子を呼吸の確保や心電図のコードを付けていく。
隊員が大きな声で男の子の肩を叩きながら呼びかける。少しまぶたが動く。
隊員は無線で、男の子の状況を伝えている。
程なくして病院に着いた。
そこには連絡を受けたのであろう警察らしき男女二人が入口で待っていた。
「ええっと、鏑木正親さんと猪田朱里さんですね?」
年配で体格の良い男の方が声を掛けてきた。
その男は警察手帳を見せながら青木と名乗り、青木の隣の女性は木田と名乗った。
「詳しく話を聞きたいので我々と一緒に現場まで一緒に来ていただけますか?」
「はい…あっでも、あの子は?」
不安そうに俺の袖をつかむ朱里の気持ちが伝わり聞いてみた。
「心配でしょうが、あとは病院に任せて我々と一緒に…」
促すように、車へと手をさしのべる。
「わかりました。」
朱里も小さく縦に首を振る。
現場に着くと、そこには多くの警察らしき人々がドラマや映画のように動いていた。
目が眩む程の強いライトに照らされたその場所は、他に何もなく、男の子が入ってたごみ袋と俺が外したビニール紐とテープがあった。
「あの袋に入ってたってことですかね?」
呆然と見つめてた俺に頭を掻きながら青木が聞いてきた。
無言のまま、うなずく。
「あの中にですか…」
溜息まじりに、そう言った青木は、横目で鏑木を見た。
それから青木は今日の朝からのことを全て話してほしいと言ってきた。
朝二人で家を出たこと、職場は同じ場所だということ、仕事終わりに食事をし、店を変えて飲んでたということ、そして帰り道朱里が気付き自分が袋を開けたこと…など、全ての経緯を話した。
緊張と寒さでうまく口が回らず、ちゃんと伝えれたのか不安だった。
「では、今日はお帰りください。また後日お話し聞くと思いますが、その時はご協力お願いします」
木田がそう伝えてきた。
二人で小さなため息を付いた。
空はうっすら明るくなってきていた。
そこからの帰り道二人は無言だった。
家に付いた俺たちは、ほんの数時間の睡眠を取り、また仕事へと家を出た。
その電話が職場に掛かってきたのは、一週間経ってからだった。