楓の樹の下で
中に入ると、壁には大きな棚が二つ並んであって、そこにはシールに名前が書いてあり、いくつも貼られている。
見ていくと自分の〔山科日向〕の文字があった。
隣の棚にも同じ所に名前がある。でも、そっちにの名前の所にはスリッパが置かれていた。

「おっ気付いたか。」
振り返ると、ゴンちゃんがいた。
「こっちが今履いてる靴をしまう場所で、そっちが家の中で履くスリッパの場所。皆ここで履き替えてるんだ。」
そう言われて靴を脱ぎ、棚に置いた。そして家に入り今度はスリッパを履く。
「よく出来ました。」
そう言ってまた、頭を撫でられる。
家の中は暖かくて、上着を脱いだ。
廊下の先に小さい奴らが、重なるように角から覗いてる。
廊下を挟んで右側にはたくさんの扉があり、左側には二つ扉あった。
その扉開け広い部屋に入った。
大きい机が二つに、たくさんの椅子が机を囲むように置かれている。
その奥に台所がある。
机の手間にはソファがあってテレビもあった。
そのソファに座るように言われ席につく。
お姉ちゃんが台所で何かしている。
隣にお兄ちゃんが座った。
前にはゴンちゃんが座った。
真ん中の低い机にお姉ちゃんがジュースを持ってきて置いた。
そのままゴンちゃんの横に座る。
「さて、まずは向日葵にようこそ。」
そう言ってゴンちゃんは両手を広げニカっと笑った。
二人がクスッと笑う。
「じゃ説明しようか。」
ゴンちゃんは座り直して、話し出す。
「ここには日向くんを含め小学生組が四人。五年生の女の子と一年生の男の子が二人。この二人は双子なんだ。
それから、まだ小学校に通わない年齢の子たち。ここではおチビ組っていわれてて、その子たちは全員で三人。」
あぁさっき覗いてた奴らだと思った。
「朝7時に起きて朝ごはん。その後、小学生組は8時に学校へ行くんだ。この前たくさ説明した日あっただろ?」
うん。と頷く。
「日向くんはお母さんが君が産まれたことを国に届けていなかったって説明したのは覚えてるかい?」
そういえばしてったっけ…。
「だから戸籍ってのがないんだ。今君の戸籍を作るために、あの時いた大人の人たちが動いてくれている。戸籍がなくても学校に行くことはできるんだけど、いろいろ準備があってね、戸籍も準備もできれば君も小学校に通えるんだ。でもね、実際は三年生の君だけど、もしかしたら一年生からかもしれない。」
「どうして?」
「学校は勉強したり、友達と沢山遊び、色んな事を学ぶ所なんだ。一年生から六年生まであって、少しずつ色んなことを学ぶんだけど、一年生と二年生を飛び越えて三年生になると二年間の学べる事がなくなってしまうだろう?」
そういうことかと、思った。
「ボク一年生になりたい。」
「そっか、そうだな。日向くんの気持ちはちゃんと伝えておくよ。
で、戸籍ができたら日向は小学生だ。学校は4月から新学期っていうのが始まりなんだけど、それに間に合うように大人たちが頑張ってるから、それまでは、この家でおチビ組と一緒に生活してもらう。」
「ここまでで、わからない事はない?」
お姉ちゃんが聞いてきた。
「大丈夫。」
「よし、続けよう。昼は12時。晩御飯は夜の7時。」
「あっおチビ組は3時におやつがあります。」
お兄ちゃんが言った。
「そうだったな。晩御飯が終われば男の子、女の子に分かれてお風呂に入る。9時に消灯。っていっても、ワイワイして10時ぐらいになってるんだけどな…。」
また、ニカっと笑う。

「さてと、おおまかだけど説明終わり!ここまででわからない事は?」
ううん。ないと伝える。
「じゃとりあえず今いる、おチビ組を紹介すっかな。」
そう言って廊下の方に手を向けた。
とたんに呼んでもいないのに、バタバタと足音をさせて三人が部屋に入ってきた。
お姉ちゃんがその三人の横に移動する。
「まずは、この子から」
そう言って一人の女の子の後ろに周り、その子の肩に手を置いた。
見た目は大人しそうな女の子で胸まで伸びた黒髪がサラサラとしていた。
女の子は後ろのお姉ちゃんを下から見上げるように見ていたが、オレへと視線を移した。
目が合う。
その子はニコッと笑った。
「この子は茜。椎名茜。今は六歳です。来年一年生になるの、もしかしたら日向くんと同じ学年になるかもしれないね。」
隣に移動して、次は男の子の後ろに立ち肩に手を置いた。
「次はこの子。この子は…」
「オレ大毅。よろしくね。」
お姉ちゃんの言葉を遮り、とてつもない勢いで近寄る。
「あぁズルいぃぃ!!朱里ちゃんが紹介するから私たちは黙ってるって約束だったじゃない!」
茜が怒って大毅を引っ張り戻す。
「だって、待てなかったんだもん。」
そう言って大毅はしょんぼりした。
「ほら、まだ自己紹介の途中だぞ」
ゴンちゃんが、パンパンと手を叩く。
その音に三人がビシッと姿勢を正した。
皆がクスクス笑う。
「で、この子は新田大毅くん。この子も茜ちゃんと同じ六歳です。」
じゃこの子も同じ学年になるかもしれないんだと思った。
見た目は坊主で、右側には耳から首にかけて火傷の跡があった。
「最後です。」
そう言って最後の子へと移動したとたん、その子はお姉ちゃんの後ろに隠れて顔だけを除かせた。
「この子は椎名瞬くん。茜ちゃんと姉弟です。四歳です。」
隠れたままでオレを見る、その子に少し笑って見せた。
すると満面の笑顔で、近寄って来て足元に張り付いた。
「気に入ったんだ。」
そう茜が言って近づいてくる。
「日向くんは迷惑じゃない?」
「うん。大丈夫。」
よかったと、笑う。
「なぁ日向。オレと遊ぼう!」
そう言って大毅がオレの腕を引っ張った。
びっくりして、咄嗟に払う。
「ごめん」
大毅が謝る。
「ううん。ボクの方こそ、ごめん。びっくりして」
「朱里ちゃんもう説明は終わった?遊んでいいの?」
茜がみせた気遣いに、しっかりした女の子だなと思った。
「はい、説明は以上です。」
「よし、遊ぼう遊ぼう!」
さっきの気まずい空気が嘘のように大毅が話し掛ける。
「待って。最後に…」
お兄ちゃんが膝をつき、オレの肩を持つ。
「今日から日向はこの向日葵の子供だ。ここにいる子供たちは日向の兄弟。そして僕たちは日向のおとうさんであり、おかあさんでもある。ここで生活していく上でこれだけは守ってほしいことがあるんだ。」
「なぁに?」
お兄ちゃんが優しく微笑んだ。
「ここでは言いたいことは我慢せず言うこと!あと日向自身が人にされて嫌なことや、言われて嫌なのことは絶対しちゃいけないし、言うのも駄目だ。それと嘘を言うのも駄目だ。最後の二つはここでも、外でもしちゃいけない事だ。わかった?」
「うん、わかった。」
そう言うとお兄ちゃんはよし!と頭を撫でて、「じゃ遊んでこいっ!」
と背中を押した。
玄関で待っていた三人がこっちと手招きする。
オレは上着を手に取り、靴を履き替え扉に手をかける。

お兄ちゃんの言葉が頭の中でぐるぐる渦を巻く。言っている意味は理解できた。
でも、それがどうしてなのかは理解出来ない。
されて嫌なこと、言われて嫌なことを、どうしてしてはいけないのかが、わからない。

《あんたがなんで、出てくるのよ!》

日向と呼んだあの時の女の声がした。
あんたってオレのことか??
ズキンと音を立てる。
扉の向こう側で茜がオレを呼ぶ声がした。
痛みと声は茜の声でなくなる。
扉を開け外へと出る。

ここにいれば思い出さなくていいかもしれない。そう思うと、安心した。
思い出したくないことは、なぜだか、わかっていたから。
オレはここで子供らしく暮らしたいと思った。
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