楓の樹の下で
今日から日向との生活が始まる。
少しの緊張と大きい期待が入り混じる。
佐々木さんから話をうけてから朱里と沢山話をした。
日向が置かれている現状は俺たちが考えても理解するのは、不可能だ。
でも、心の痛みには寄り添う事ができるんじゃないかと。
どんな風に接した方がいいかとか、今いる子供との関係とか、日向の今後の記憶が戻ったらとか。
病院を出た以上今より知る真実を日向が目の当たりにした時…とか、考えてはみるものの二人して答えが見つからない。
ただ一つだけ答えが出た。
佐々木さんの言う通り、どんな事があっても手を差し伸べようと決めた。


佐々木さんが日向を連れて帰ってきたのは、10時少し前だった。
車の戸が閉まる音がしたので、子供たちには部屋に戻るように言って朱里と二人で玄関に向かう。
玄関を開けると門の所に、日向がいた。
俺に気付くと、佐々木さんを見てまたこちらを見る。
佐々木さんが何か声をかけ日向を背中を押した。
日向は笑顔で目に涙を浮かべ走ってくる。
それを見た朱里が両手を広げ腰を下ろす。
勢いよく走ってきた日向が朱里の目の前でピタッと止まる。
日向から戸惑いが伝わる。
きっと朱里もこの戸惑いに気付いたはずだった。
でも朱里はそんなこと関係ないかのように、日向を引き寄せ抱きしめた。
「おかえり。」
朱里が日向に言う。
朱里は決まってこの向日葵に子供を迎える時この言葉を選ぶ。
きっと、朱里はどんな子供もこの向日葵の子供であり、自分はその子供たちの母親だと決めているからだと思う。
もちろんその気持ちは俺も一緒だ。
抱きしめられた日向の目から、大粒の綺麗な涙がボロボロと流れる。
よく来たな。と声かける。
日向がこちらを見た。
初めて会ったあの日より、感情が出ている気がした。
学校の言葉に疑問を問いかけてくる日向。
思わず朱里と顔を見合わせる。
やっぱりかと、思う。
無戸籍児童はほとんどが学校へ行かされてないからだ。

部屋に入り佐々木さんと一緒に説明をし、学校へ行っている子供以外の今いる子供たちを紹介した。
子供たちは日向を心配をよそにあっさりと受け入れた。
昨夜テレビを見ていた子供たちはニュース番組で流れる事件を見て
『この事件の男の子が来るんでしょ』
と、聞いてきたので正直今日はそれも心配してた。
でも子供ってのは、本当に素直で純粋な生き物だと感じた。
説明の最後に言葉をかける。わかったと言った日向に違和感を感じた。
けれど、俺はその違和感を見逃した。

子供が日向を連れて表に遊びに行った。
「いやぁあいつら凄いなぁ。もう仲良しだ。」
佐々木さんも一緒のこと感じたんだと思った。
「あとは小学生組ですね。」
朱里が心配そうに言う。
「もっと大丈夫さ。小学生組三人もいい子たちだし。」
「うん、そうなんだけどね…あっもうすぐ11時じゃん!昼ごはんの用意しなくちゃ!」
バタバタと用意を始める。
少しして台所の窓から茜が、ひょっこり顔出す。
「朱里ちゃん、昼ごはんなぁに?」
「わぁお!びっくりするからやめてって言ってるのにぃ!」
茜は小さな笑い声を上げる。
「ミートスパゲッティです。」
少しふくれっ面で朱里が答えると茜が聞いてきた。
「なんかお手伝いすることありますか?」
「うーんと…」
あたりを見渡して茜に告げる。
「今はまだ大丈夫!お手伝いしてほしくなったら呼ぶよ。」
「わかったぁ!」
そう言うと踵を返し輪の中に戻って行った。
相変わらず気の効く子だなと思う。
11時半を周り朱里が窓から外に向かって大きな声で子供たちに呼びかける。
「みんなぁもうすぐ御飯だから、戻っておいで〜!」
はぁ〜いと、声がして、間も無く玄関が開く音がする。
俺は玄関に行き皆に手を洗ってくるように促す。
バタバタと足音を立てながら、洗面所へと走っていく。
その後ろ姿はどこにでもいる子供だなと思った。
さっきの違和感は気のせいだったのかと、思った。
いや、そう言い聞かせてたのかもしれない。


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