楓の樹の下で
昼ごはんを食べた後、お兄ちゃんが部屋を案内してくれた。
「ここは男部屋と女部屋に分かれてるんだ。」
そう言うとドアに【おとこのこ】と書かれたドアを開けた。二段ベッドが左右に置かれていて、その真ん中に6段のタンスが二つ並んで置かれていた。
後ろについて来てた大毅がひょこっと顔出し部屋に入る。
「こっちの上がオレで、下二つが今学校に行ってる双子。そっちの上が空いてて、日向んとこな!」
「大毅、説明ありがとな。」
そう言うとお兄ちゃんは大毅の頭を撫でた。
その手が自分だけのものじゃない事を知る。
とても不愉快な気持ちになった。
たまらなく、嫌だと感じる。
と、同時にお姉ちゃんやゴンちゃんもこうなんだと、思った。
さらに気分が悪くなる。
この感情がなんていうのかがわからず、頭が痛くなる。
「この子は私と寝てるの。」
オレのドロドロした感情を茜の声が打ち消した。
「寝てるのぉ」
瞬が繰り返して笑う。
この姉弟はオレの心を優しくさせてくれると感じた。

【おとこのこ】と書かれた部屋の隣は【おんなのこ】と書かれた部屋があり、その隣にはトイレと書かれたドアがある。
少し離れて【洗面所】と書かれたドアがある。
ここはさっき手を洗った部屋だとわかった。
「ここはさっき手を洗ったとこで…」
お兄ちゃんがドアを開ける。
中にはもう一つのドアがある。
「で、あれがお風呂のドア。」
中に入りそのドアを開ける。
「ここが脱衣所で、奥がお風呂。」
そう言うとガラガラと音を立てて戸を横へと開けた。
「お風呂広いだろ!?」
大毅が自慢気に言う。
だけど、記憶のないオレには初めて見るお風呂ってやつが、広いのかどうかがわからなかった。

それから勉強ってやつを皆でした。
先生はゴンちゃんだった。
毎日先生はかわるんだ。と、大毅が教えてくれた。
記憶ないのけど、字は読めた。でも書くことがなかなかできないことがわかった。
計算ってやつは全くわからなかった。
「ちょっとずつ色んな事覚えていこうな。」
ゴンちゃんが言った。
オレは勉強ってやつが楽しかった。
空っぽの頭の中を新しい事で埋めていくのが嬉しくてたまらなかった。
時間を忘れて夢中で勉強した。
おやつの時間ですよぉと、お姉ちゃんの声がする。
それでも字を書くのが楽しかった。
「ちょっと休んで食べてね。お姉ちゃんが焼いたんだから。」
そう言って目の前にジュースとケーキが置かれた。
いい匂いに顔上げる。
「今日はチーズケーキを作ってみました。召し上がれ。」
オレの意識はもう目の前に釘付けとなった。
「いただきます。」
と、昼ごはんの時に覚えた言葉を言う。
「どうぞ。」
優しい声で微笑む。
口いっぱいにチーズケーキってやつを詰め込む。
「おいしい?」
お姉ちゃんが覗き込みながら聞いてきた。
この胸がいっぱいになる感じがおいしいっていうことなら、おいしいというのか…。
「うん、おいしい。」
「そっか、よかった。」
そっか、何かを食べて胸がいっぱいになるのを、おいしいっていうんだと学ぶ。
ここに来てから、知ることがいっぱいだと思った。

少ししてから、小学校から小学生組と呼ばれる三人が帰ってきた。
一人は宮田 華。自分より身長も年も上で、優しく話す人だった。
お兄ちゃんらみたいにオレの目線まで下げ、よろしくね。と言って頭の撫でてくれた。
双子の男の子は、長谷部 朝陽と夕陽といった。
どちらがどちらなのか、オレにはわからない。
オレが年上と知ると、朝陽と夕陽は声を揃えて
「日向お兄ちゃん。」
と呼んだ。
なんだか、変な感じだったけど、嫌ではなかった。
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