楓の樹の下で
入学式から三日が経った。
生徒たちは元気でみんな可愛くて毎日が充実してるみたいに学校での生活を送ってると思った。
授業中質問をすれば、一斉に手が上がる。
答えたくて手を上げる子供たちは可愛かった。
山科くんはあれから何の問題もなく学校生活を送っている。
すでに友達も出来て、家で勉強していたのだろう簡単な計算や字の書き取りは教える前からできていた。
運動神経もよく、ちょっとした人気者になりつつある。
優しくて施設でも下の子を面倒みてるのだろう、クラスでも誰より先に気付いて動いたりする。
そんな場面を見ると、決まって女子たちが嬉しそうにコソコソと話してるのを見ると、若いっていいなぁって思ったりしている。
今日から家庭訪問が始まる。
凄く緊張する。
親御さんの予定を聞き訪問の順番を決めた。
まだ返事をもらってない生徒をいるけど、返事をいただいた所から行くことに決めた。
授業は昼までなので、そこから昼食を済ましてからそれぞれの自宅を回る。
最初は2時に予定している、山科くんの所。
隣のクラスには施設の子が二人いて担任の先生と話した結果、私の方が先に行くことになった。
さっ早く御飯食べて用意しなきゃ!
食べ終わってから、地図や名簿を鞄に詰める。
時計を見ると1時半。ここからは15分ぐらいだから十分間に合うけど余裕を持って出ることにした。
早く行き過ぎてもいけないと、少しゆっくり歩いた。
家へと行く道の途中で桜が満開の道を歩いた。
この道を山科くんは歩いて登下校してるんだと思った。
ゆっくり歩いたけれど、少し早く着いてしまった。
身なりを整えインターホンを押す。
女性が出た。名前を伝えると、奥の玄関が開いた。
出てきた女性がどうぞと言ったのを聞き門を開け入り、玄関まで歩いて行く。
女性の後ろから、山科くんが顔出し手を振っている。
「はじめまして、山科くんの担任をしてます森山 月子です。」
「はじめまして。この施設の猪田 朱里といいます。」
明るくて素敵な人だと感じた。
中に入ると綺麗にされてあり、居間に通されると、そこは広く壁には沢山の写真が飾ってある。
「どうも、ここの施設長の佐々木権蔵と申します。」
奥から男の人が出てきた。
もう一度自己紹介をすると、どうぞと促され席に着く。
先程の猪田さんが、お茶を出してくれた。
背後から小さい男の子を抱っこして男性が現れる。
「あっもういらしてたんですね。」
そう言うと男性は、鏑木 正親と名乗った。
小さい男の子を下ろすとテーブルを挟んで向かい側の猪田さんの隣に座った。
ここでの生活のこと、学校での態度や学業面のこと、山科くんの置かれている状況などの話した。
施設といっても、この方達は山科くんを含めここの子供たちを我が子の様に思っている事が、ひしひしと伝わってきた。
学校で何かあった場合は私ども職員がお守りします。と伝えると、深々と頭を下げ、よろしくお願いしますと、言われた。
山科くんに優しさがあるのは、ここでの生活があるからなんだと思った。
一時間近く話をしたところで帰ることになり、立ち上がると、山科くんが声を掛けてきた。
「先生…次は誰のところに行くの?」
次の家を教えると
「ゆうくんと遊ぶ約束してるから途中まで一緒に行っていい?」
「うん、いいよ。」
「やった!じゃ上着取ってくるから玄関で待ってて!」
そう言うと走って上着を取りに行った。
玄関で待ってると鏑木さんが来て声を潜め聞いてきた。
「日向は大丈夫ですか?」
さっきの話でこの人と猪田さんが事件の発見者と知った。
きっと、誰よりも心配してるのだ、と思った。
「はい、本当に大丈夫です。」
と、答えた。
なのに納得していない表情で
「わかりました。気をつけて…」
と言われ、なにがいけなかったのかと思い返す。
きっと私が新米の教師に成り立てだから、私にも不安なんだと思った。
そんな心配されるようじゃまだまだだと、自分を奮い立たせた。
山科くんが来たので、それではと挨拶を済まし家を出た。
道中、また桜の下を通る。
綺麗に咲いてるね、と声を掛けた。
すると山科くんは
「あぁ初めて見た。」
と冷たい声で答えた。
初めて??毎日ここを通るのに?こんなに満開に咲いてるのに?
まただ、初めてこの子を見た時の恐怖が湧き上がってきた。
黙る私に気付く。
「いつも、違う道通るから、こんなとこ知らなかった。」
そう笑った。
「そっか、そうだったんだ…」
ホッとした。
瞬間、山科くんの顔が今までで初めて見る顔になった。
その顔は恐怖…いや、怒りだ。
しまった!ホッとしたからだと、自分を責めた。
けれど視線が違う。明らかに私の後ろを見ている。
振り返って確認しようとした。
「あっ先生!ボク忘れ物しちゃった!」
山科くんの声に振り返るのを止めた。
そう言うと、また明日。さようならと来た道を帰っていく。
私だってバカじゃない。
確実に私が振り返るのを、あの子は阻止した。
見られたくないものが私の背後にあったのだ。
次の約束は4時半、走れば間に合うし、遅れても前の家が押して時間がずれることもある。
私は踵を返し山科くんの後を追うことにした。
山科くんは明らかに家と違う道をいく。
やっぱり勘が当たったんだと思った。
山科くんはなにか前を確認しながら少し小走りに進んでいく。
私も必然と小走りになる。息が上がる。運動不足だと痛感させられる。
山科くんは駅の方へと向かってることがわかる。
駅前の大きな歩道橋に差し掛かり階段を上っていく。
上ったところで、人混みの間から山科くんを見つけた。
追いかけた事を後悔した。
歩道橋を渡った先の階段から、悲鳴が上がる。
数人の人たちが、誰かに向かい「大丈夫ですか?」と呼び掛ける声がする。
「誰か救急車!」と、ドラマの台詞のような言葉が聞こえる。
階段の下は騒然となっている。
どうしたと、周りにいた人が駆け寄って行ったり、声の方を歩道橋から覗き見る。
野次馬の様に私も恐る恐る身を乗り出し階段下を見た。
真っ赤に染まっていく道路が見えた。
咄嗟に歩道橋の欄干から弾かれた様に離れた。
ドンッと勢いよくぶつかる。
「あっすみません…」
見ると誰もいない。
視線を下へと、動かす。
山科 日向がそこにいた。
「あれ、先生…なんでここにいるの?次って◯◯ちゃんとこじゃなかったっけ?」
にっこり笑う。この子はなんだと頭がぐるぐるする。
ただただ恐怖でしかない。
でも見なかったことにしたい。そうじゃないと、次は私の番だと思った。
「うん、まだ時間あるから、欲しい本あって、駅前の本屋さんに行くとこ。って、ここまできたの?ゆうくんは?」
「ゆうくん居てなかったから冒険してたの」
早く打つ鼓動が邪魔だった。
まだ子供だというのに、流暢に言葉を紡いでいく。
その姿が恐怖な拍車をかけていく。
「そっか、今あっちで何かあったの?」
口がカラカラになる。
「えっ知らな〜い!!じゃぁね、先生。」
と、声を弾ませ帰って行った。
腰から力が抜ける。
しばらく動けなくて、家庭訪問なんてできる状況じゃなくなっていた。
予定してた家へと後日に…と電話をしていく。
一息着いて腰を上げる。
取り敢えず今日は家に帰ろう。
私はそのまま駅へと向かった。
雑踏の中、小さな子供の両手が前を歩く大人の腰を押した。
押されたその人は、ワッと小さな声を上げ階段を転がり落ちて行く。
その手は、確かに山科 日向の手だ。
ニヤリと口を歪ませ、思いっきりの力を込めて、あの子は押した。
改札の前で腕を掴まれた。
振り返ると向日葵の鏑木さんが息を乱して立っていた。
次の日、私は風邪だと嘘を付いて学校を休んだ。
生徒たちは元気でみんな可愛くて毎日が充実してるみたいに学校での生活を送ってると思った。
授業中質問をすれば、一斉に手が上がる。
答えたくて手を上げる子供たちは可愛かった。
山科くんはあれから何の問題もなく学校生活を送っている。
すでに友達も出来て、家で勉強していたのだろう簡単な計算や字の書き取りは教える前からできていた。
運動神経もよく、ちょっとした人気者になりつつある。
優しくて施設でも下の子を面倒みてるのだろう、クラスでも誰より先に気付いて動いたりする。
そんな場面を見ると、決まって女子たちが嬉しそうにコソコソと話してるのを見ると、若いっていいなぁって思ったりしている。
今日から家庭訪問が始まる。
凄く緊張する。
親御さんの予定を聞き訪問の順番を決めた。
まだ返事をもらってない生徒をいるけど、返事をいただいた所から行くことに決めた。
授業は昼までなので、そこから昼食を済ましてからそれぞれの自宅を回る。
最初は2時に予定している、山科くんの所。
隣のクラスには施設の子が二人いて担任の先生と話した結果、私の方が先に行くことになった。
さっ早く御飯食べて用意しなきゃ!
食べ終わってから、地図や名簿を鞄に詰める。
時計を見ると1時半。ここからは15分ぐらいだから十分間に合うけど余裕を持って出ることにした。
早く行き過ぎてもいけないと、少しゆっくり歩いた。
家へと行く道の途中で桜が満開の道を歩いた。
この道を山科くんは歩いて登下校してるんだと思った。
ゆっくり歩いたけれど、少し早く着いてしまった。
身なりを整えインターホンを押す。
女性が出た。名前を伝えると、奥の玄関が開いた。
出てきた女性がどうぞと言ったのを聞き門を開け入り、玄関まで歩いて行く。
女性の後ろから、山科くんが顔出し手を振っている。
「はじめまして、山科くんの担任をしてます森山 月子です。」
「はじめまして。この施設の猪田 朱里といいます。」
明るくて素敵な人だと感じた。
中に入ると綺麗にされてあり、居間に通されると、そこは広く壁には沢山の写真が飾ってある。
「どうも、ここの施設長の佐々木権蔵と申します。」
奥から男の人が出てきた。
もう一度自己紹介をすると、どうぞと促され席に着く。
先程の猪田さんが、お茶を出してくれた。
背後から小さい男の子を抱っこして男性が現れる。
「あっもういらしてたんですね。」
そう言うと男性は、鏑木 正親と名乗った。
小さい男の子を下ろすとテーブルを挟んで向かい側の猪田さんの隣に座った。
ここでの生活のこと、学校での態度や学業面のこと、山科くんの置かれている状況などの話した。
施設といっても、この方達は山科くんを含めここの子供たちを我が子の様に思っている事が、ひしひしと伝わってきた。
学校で何かあった場合は私ども職員がお守りします。と伝えると、深々と頭を下げ、よろしくお願いしますと、言われた。
山科くんに優しさがあるのは、ここでの生活があるからなんだと思った。
一時間近く話をしたところで帰ることになり、立ち上がると、山科くんが声を掛けてきた。
「先生…次は誰のところに行くの?」
次の家を教えると
「ゆうくんと遊ぶ約束してるから途中まで一緒に行っていい?」
「うん、いいよ。」
「やった!じゃ上着取ってくるから玄関で待ってて!」
そう言うと走って上着を取りに行った。
玄関で待ってると鏑木さんが来て声を潜め聞いてきた。
「日向は大丈夫ですか?」
さっきの話でこの人と猪田さんが事件の発見者と知った。
きっと、誰よりも心配してるのだ、と思った。
「はい、本当に大丈夫です。」
と、答えた。
なのに納得していない表情で
「わかりました。気をつけて…」
と言われ、なにがいけなかったのかと思い返す。
きっと私が新米の教師に成り立てだから、私にも不安なんだと思った。
そんな心配されるようじゃまだまだだと、自分を奮い立たせた。
山科くんが来たので、それではと挨拶を済まし家を出た。
道中、また桜の下を通る。
綺麗に咲いてるね、と声を掛けた。
すると山科くんは
「あぁ初めて見た。」
と冷たい声で答えた。
初めて??毎日ここを通るのに?こんなに満開に咲いてるのに?
まただ、初めてこの子を見た時の恐怖が湧き上がってきた。
黙る私に気付く。
「いつも、違う道通るから、こんなとこ知らなかった。」
そう笑った。
「そっか、そうだったんだ…」
ホッとした。
瞬間、山科くんの顔が今までで初めて見る顔になった。
その顔は恐怖…いや、怒りだ。
しまった!ホッとしたからだと、自分を責めた。
けれど視線が違う。明らかに私の後ろを見ている。
振り返って確認しようとした。
「あっ先生!ボク忘れ物しちゃった!」
山科くんの声に振り返るのを止めた。
そう言うと、また明日。さようならと来た道を帰っていく。
私だってバカじゃない。
確実に私が振り返るのを、あの子は阻止した。
見られたくないものが私の背後にあったのだ。
次の約束は4時半、走れば間に合うし、遅れても前の家が押して時間がずれることもある。
私は踵を返し山科くんの後を追うことにした。
山科くんは明らかに家と違う道をいく。
やっぱり勘が当たったんだと思った。
山科くんはなにか前を確認しながら少し小走りに進んでいく。
私も必然と小走りになる。息が上がる。運動不足だと痛感させられる。
山科くんは駅の方へと向かってることがわかる。
駅前の大きな歩道橋に差し掛かり階段を上っていく。
上ったところで、人混みの間から山科くんを見つけた。
追いかけた事を後悔した。
歩道橋を渡った先の階段から、悲鳴が上がる。
数人の人たちが、誰かに向かい「大丈夫ですか?」と呼び掛ける声がする。
「誰か救急車!」と、ドラマの台詞のような言葉が聞こえる。
階段の下は騒然となっている。
どうしたと、周りにいた人が駆け寄って行ったり、声の方を歩道橋から覗き見る。
野次馬の様に私も恐る恐る身を乗り出し階段下を見た。
真っ赤に染まっていく道路が見えた。
咄嗟に歩道橋の欄干から弾かれた様に離れた。
ドンッと勢いよくぶつかる。
「あっすみません…」
見ると誰もいない。
視線を下へと、動かす。
山科 日向がそこにいた。
「あれ、先生…なんでここにいるの?次って◯◯ちゃんとこじゃなかったっけ?」
にっこり笑う。この子はなんだと頭がぐるぐるする。
ただただ恐怖でしかない。
でも見なかったことにしたい。そうじゃないと、次は私の番だと思った。
「うん、まだ時間あるから、欲しい本あって、駅前の本屋さんに行くとこ。って、ここまできたの?ゆうくんは?」
「ゆうくん居てなかったから冒険してたの」
早く打つ鼓動が邪魔だった。
まだ子供だというのに、流暢に言葉を紡いでいく。
その姿が恐怖な拍車をかけていく。
「そっか、今あっちで何かあったの?」
口がカラカラになる。
「えっ知らな〜い!!じゃぁね、先生。」
と、声を弾ませ帰って行った。
腰から力が抜ける。
しばらく動けなくて、家庭訪問なんてできる状況じゃなくなっていた。
予定してた家へと後日に…と電話をしていく。
一息着いて腰を上げる。
取り敢えず今日は家に帰ろう。
私はそのまま駅へと向かった。
雑踏の中、小さな子供の両手が前を歩く大人の腰を押した。
押されたその人は、ワッと小さな声を上げ階段を転がり落ちて行く。
その手は、確かに山科 日向の手だ。
ニヤリと口を歪ませ、思いっきりの力を込めて、あの子は押した。
改札の前で腕を掴まれた。
振り返ると向日葵の鏑木さんが息を乱して立っていた。
次の日、私は風邪だと嘘を付いて学校を休んだ。