楓の樹の下で
昼から御飯が運ばれてきた。
お粥と言ってたけど、思ってたのと違くてもっと、サラサラとした飲み物みたいなお粥だった。
おかずはなく、ゼリーやヨーグルトといった物だった。りんごジュースもあった。
御飯を持ってきたさっきの看護師がそんなオレを見て気付き
「今日の夜もこんな感じの御飯だけど、このまま順調だとちょっとずつ形あるものになると思うからね。」
と、それを聞いてオレは楽しみだと思った。
ふと感じた。楽しみ…御飯が楽しみ…初めて感じたような気分になった。
「ん?どうかした?」
看護師に聞かれて考えるのをやめた。あまり考えてはまた頭が痛くなるからと、看護師が言った言葉を思い出す。
御飯は噛んで食べたか自分でもわからないぐらい、すぐにたいらげた。
看護師は優しく微笑んで すごい食欲だ!これならすぐに元気になる!と褒めるように言った。
それから、少し遊ぼうと看護師はなんだか色々な紙を持ってきた。
「これ、わかる?」
首を横に振る。
「これは折り紙っていって…」
そう言いながらなにかをしだした。
少ししてその折り紙で花を作ってみせた。
「はい、プレゼント。」
その花を受け取る。
けれど、なにも心は動かない。
「そうだよね…男の子に花ってないか。」
《いや、そうじゃなくて…》
うまく、伝えるやり方がわからない。嬉しいはずなのに、こういう時なんと言えばいいのかがわからない。
「よしっ次はボクが喜びそうなの練習してくるね。」
と、ガッツポーズして看護師は病室を出て行ってしまった。
握ったままの花を見つめる。
なにかが頬を流れてく。
なんだと思ってそれを手でさわる。
指にそれがあたった時涙だと気付いた。
オレは泣いていた。
なんで泣いてるのかもわからなくて、戸惑う。
急いで涙を袖で拭う。見られたくないという思いだけは、はっきりとしていたからだ。
気持ちを落ち着かせて折り紙の花は机に置いた。
横になり、また真っ白な天井を見る。
この天井を見てると不思議と気持ちが落ち着くとわかったから。

少しすると、この前の警察の人がやって来た。今度は知らない男と女を連れてだった。
会わせたいと言ってその知らない二人は近くにやって来て名前を言うと、衝撃が走った。
少しの言葉だったのに男の声をオレは知っていたからだ。
なんで知ってるんだと自分に聞く。答えは出ない。
けれど、体は反応して顔を上げ声を出していた。
そんなオレに大人たちもびっくりしながら聞いてくる。
もう一度声を出す。
その声を知ってると…。
なんでと聞かれたが、わからず、そのままわからないと伝えるしかなかった。
すると、女の方が今度はオレの手を握ってきた。
また衝撃が走る。
この手も知っている。温かく包まれているような、とても深く安心できる、この手を…。
すぐに知ってることを教える。
するとオレの言葉を聞いた女が泣いた。少しびっくりした。なんで泣いてるのかわからない。
なのに、また体が勝手に動いた。気付けば流れる涙をぬぐってあげていた。
女は少しオレに微笑んで部屋を出て行った。
その背中を見えなくなっても見ていた。
その間に男の方が入って隣に座る。
そして、男もオレの手を握って話す。
あぁそっか、この人たちがオレをここに運んだ人だと初めてわかる。
覆いかぶさっていた靄が少し晴れる。確かにオレの隣でくしゃくしゃな顔で泣きながら手を握ってる女がいた。
頑張れとうるさいぐらい声をかけてくる男がいる。
なにがオレに起こったかはまだわからないのに、その光景はうっすらした形からはっきりとした形へと姿をかえた。

少しして戻ってきた女の人と三人で手を繋ぎながら窓を見ていた。
どんどん日が暮れていくのがわかって、帰っていく時間が近づいてるのもわかっていた。
今度は心にどんどん靄がかかる。
警察のおっさんが声をかけてきた。
二人は静かに立ち上がり帰ろうとする。
とっさに手に力が入る。ただただ離したくなくて、ただただもっとこの温かさを感じていたかったんだ。
女の人がオレの顔を覗き込む。今度は自分の意志でもっと手に力を入れた。
今度はオレ自身もわかっていた。
オレは泣いてる。涙が目にいっぱいあふれてきてこぼれそうになっていることを…。
オレの顔見た女は男を見た。すぐに男もオレの顔を見た。
二人とも同じ顔でオレを見ている。
オレは手を離せなくてただ泣くだけだった。
二人の戸惑いがわかって、声を絞り出した。
また会いたいと気持ちを込めて。
少し間を置いて もちろんと嬉しい言葉を聞いた。
その言葉を聞いたとたん力が抜けた。
また会えると、約束できたことが何より嬉しかっただ。
二人はまたねと、帰って行った。
帰って行った扉を見ていた。
淋しさより、次はいつ会えるのかということの方が楽しみでたまらなかった。
自分の事がなにもわからないのに、この感情が初めてだと感じた。

でも、それから何日も経たないうちに、自分が何処の誰かと知らされる。
それも想像を遥かに超えた現実を突きつけられる。

母親が見つかったと。しかも殺され死体になってだと。

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