嘘でも良い
次の日。
結局手紙を書くことはなかった。
越田夏美様なんて書く必要などなかったから。
だけど、越田夏月は。
今まで姉の代わりをしていた越田夏月は。
…どんな反応をするのだろうか?
僕は鞄を教室に置くと、下駄箱へ向かった。
下駄箱は人が多いから、僕1人ぐらいいても良い。
壁にもたれるようにして立ち、越田夏月が来るのを待った。
男子たちの野太い歓声が聞こえてきた。
いつものこと。
越田夏美が登校したんだ。
きっと妹の越田夏月も一緒だ。
越田夏月が下駄箱へ向かう。
なかなか、下駄箱を開けなかった。
肩までの黒髪で、顔は見えない。
やがて越田夏月は、鞄の取っ手を強く握りしめたまま、僕の横を走り抜けて行った。
まるで何かから、逃れるように。
いつもはあんなに、取り乱さないはずなのに。
ムーンからの手紙がなかったから?
どうしてそれだけで、取り乱すの?
…勝手な想像だけど。
僕は無意識のうちに、ポケットに仕舞い込んであるケイタイを握りしめていた。