嘘でも良い
数ページ読んで、ふと思いだす。
そういえば僕、手紙に名前書いたっけ?
書いてない。
何しているんだ僕は。
学校で人気の女子宛ての手紙だって聞いて、いつもより緊張して書いたから忘れたんだ。
兄貴が女子からもらう手紙の返事は僕が書いているから、書くのには慣れているけど。
兄貴が恋した女子に書く手紙なんて初めてだからさ。
いつもより緊張して、名前書かなかったなんて。
…本当、馬鹿じゃないの僕。
家に帰った僕は、机の引き出しから、便箋を取り出した。
前に商店街とか何かの福引で当てた、月が綺麗な便箋。
手紙なんて兄貴の代筆でしか書かない僕だけど、この便箋は綺麗だから取っておいたんだよね。
兄貴が恋した越田夏美宛にも、この便箋を使った。
そういえば、名前どうしよう。
兄貴は自分の名前を出すな、なんて勝手なこと言っているし。
だからといって僕は越田夏美なんて好きじゃないし、僕の名前を書いたら手紙を書いているのが僕だとバレて、兄貴に怒られる。
偽名を使うしか、手がないじゃないか。
…しょうがない、考えよう。
僕は机の椅子に背中を預け、天井を見ながら考えた。
ムーンにしよう。
この封筒に書かれた月を英語にして、ムーン。
丁度僕と兄貴の名字に“月”も入っているし。
ちなみに僕の名字・月更は父親の名字。
兄貴も元は月更だったけど、離婚して母親の名字・月平になった。
“さ”と“ひ”の違いの、珍しい名字。
父さんも母さんも、出席番号が前後だったから仲良くなったとかって言う馴れ初め話あったよな。
まぁ今は離婚しているから、関係ない話だけど。
<越田夏美様
昨日、名前を言うのを忘れてごめんなさい。
僕の名前は、ムーンです>