叶う。 Chapter1




そんな話をしていると、直ぐにピアノ教室に着いてしまった。
なんだか、無性にこの手を離すのが嫌だった。

「じゃあ、後で迎えに来るよ。6時ぐらいな?」

「うん……どこに居るの?」

和也に無駄に時間を過ごさせてしまうことに、ほんの少し憂鬱な気分になった。

「うーん、多分スクールで遊んでる。」

「そうなの?……ごめんね。」

「なんで?」

「私のせいで、無駄な時間……。」

過ごさせちゃって、と言いたかったけれど言葉が出て来なかった。
和也はそんな私の頭を優しくクシャクシャとすると、優しく笑ってこう言った。

「俺にとっては無駄な時間じゃないよ。」

そう言って、私の手を離した。
途端に繋がれていた左手が、急激に熱を失う。

「もう時間だよ。ピアノ頑張ってな。」

「うん。ありがとう。」

「6時ぐらいに迎えに来るから、何かあったら連絡入れて。」

和也はそう言って、ポケットから携帯を取り出した。

「……うん。」

私はそう言ってから、振り返ると見慣れたピアノの先生の家のチャイムを鳴らした。

和也はその姿を確認すると、ゆっくりとその場を立ち去った。

一瞬振り返って手を振ってくれたので、私も小さく手を振ったけれど、同時にピアノの先生が玄関を開けたので、直ぐにそっちに視線を移した。





< 374 / 452 >

この作品をシェア

pagetop