叶う。 Chapter1
そして髪に満遍なく寝癖直しウォーターをスプレーする。
実はこれが一番やっかいな作業で、時間がかかる。
なぜなら私の髪は、腰くらいまであるストレートで、とてもこしがない猫っ毛だからだった。
だけれどこの髪を切りたいとは思わなかった。
ここに来た時から、毛先を揃える程度しか切ったことがないこの髪は、唯一自分の過去を記憶している物だと勝手にそう思っていたからだ。
全て無くしてしまった私に、唯一残された思い出。
過去に未練はないけれど、なんとなく切りたくなかった。
髪を器用に纏めながら、丁寧に編みこんでいく。
長い髪の扱いは慣れているので、たいして時間はかからないのだけれど、化粧をする時間よりは明らかに時間が過ぎるのが早い。
結局、髪を纏め終ったのは、家を出なきゃいけない時間の3分前だった。
私は大慌てで通学鞄を引っつかむと、部屋を飛び出して玄関に向かった。