オレンジロード~商店街恋愛録~
雪菜とちゃんと付き合おうと思ったのは、退院の日だった。

まだ100パーセント信じるということはできなかったが、それでも入院中に世話をしてもらった義理はそれなりに感じていたし、もしかしたら雪菜と付き合うことで自分自身の何かが変わるかもしれないという期待もあったから。


仕事はクビ同然で、レイジはそのままホストを上がった。


店長には悪いなとは思ったが、でもホストという仕事自体にはまったく未練はなかった。

それよりも、退院しても思うように体は動かせなかったし、リハビリに通わなければならなかったため、目先のことでいっぱいいっぱいだったのだ。




あれほど死にたいと思っていた自分がと思うと、何だか不思議なものだけれど。




すべてをゼロにしてみたら、自然と肩の力が抜けていた自分がいた。

たまに、くだらないことで腹の底から笑ったりもして、自分で自分の新しい一面を知ったりもした。


雪菜とは、本当に普通の恋人同士みたいになった。


一緒に日用品を買いに行くだけでも、雪菜は「嬉しい」と素直に喜び、「ありがとう」と言う。

今までの人生を振り返れば、何とも生ぬるい毎日だったが、レイジは徐々にそれを心地よく感じられるようになっていたのだ。



雪菜は、キスも、セックスも、初めてだと言った。

だからこそ余計に大切にしてやらなければならないと思ったし、その頃にはもう、裏切って傷つけるような真似はできない存在になっていた。



雪菜の言葉にも行動にも、嘘はひとつもない。

それがわかったからこそ、レイジの心も融解していったのだろう。


一緒にいるようになって、まわりからは、言葉遣いや仕草まで似てきたと笑われたのだけれど。



「人にされて嫌なことは、相手にもしない。人にされて嬉しいことは、相手にもする」


その頃の雪菜がいつも口にしていた言葉だ。

ひどくありふれた言葉なのだが、だからレイジは雪菜のようになろうとした。


それはつまり、雪菜の一挙手一投足がレイジにとっては『嬉しいこと』で、だから『相手』にも返したかっただけなのだが。



大切にしたいと思うようになったし、もう、雪菜といない日々など、その頃のレイジには考えられなくなっていた。
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