オレンジロード~商店街恋愛録~
少し前に、雪菜と「一度、地元に戻ってみる?」という話をした。
雪菜の中には今も迷いがあって、人知れず悩んでいたことには気付いていた。
それは自分といてくれるためで、でも雪菜は本心では家族を捨て切れないでいることも、もうずっと前から気付いている。
「大丈夫だ」と言った言葉は、確かに嘘ではない。
あの頃よりは、少しは強くなれたと自分でも思う。
でも、レイジは、心のどこかでは、雪菜が父と会うことで今のこの生活を捨てて地元に戻りたいと思うのではないかという不安もあったから。
雪菜のためには、地元に戻るべきだと思う。
でも、自分のためには、もう少しでいいから現実から目を背けたままのこの幸せな生活を、一日でも長く続けていたかった。
幸いにして、ふたりの休みはなかなか合わない。
土日に休みを取るというのも難しい。
だからというわけではないが、レイジはそれを理由に、地元に戻る話を棚上げにしたまま。
季節は秋に変わりつつあった。
それに伴い、雪菜は体調を崩すことが増えた。
元々、季節の変わり目の寒暖の差に弱い雪菜は、特に急激な冷え込みに弱く、すぐに熱を出してしまう。
「大丈夫?」
ベッドから起き上がれない雪菜の顔を覗き込む。
雪菜はかすれた声で「大丈夫」と言った。
「熱は?」
「ちょっとある」
「そっか。今日は仕事休みなよ。ちゃんと寝てな。俺も早く帰ってくるようにするから」
「うん。ごめんね」
それでも起き上がって見送ろうとしてくれる雪菜を制し、レイジはひとり、家を出た。