オレンジロード~商店街恋愛録~
陸人は重たいランドセルを背中で揺らしながら、勢いよく商店街を走り抜ける。
「ただいまー!」
『斉木生花店』のガラスの引き戸を開けるなり叫ぶと、案の定、鬼の形相の母が、
「こら、陸人! あんたまたこっちから帰ってきて! 裏の玄関から入りなさいっていつも言ってるでしょ!」
「うっさいなぁ! こっちの方がすぐなんだからいいだろ!」
「よくない! お客さんがいたらどうするの!」
「今いねぇじゃん!」
「屁理屈言うな! 売り物のお花だってあるし、何より妊婦の雪菜ちゃんに当たったらどうするのよ!」
怒った母が指差す先には、エプロン姿ではとても妊婦には見えないバイトの雪菜がいて、申し訳なさそうな顔をしている。
陸人は小さく舌打ちした。
俺が大人になったら雪菜と結婚しようと思ってたのに。
陸人は幼いなりに、姉のような存在の雪菜に淡い恋心を抱いていたのだが、この度、いきなり、それが見事に打ち砕かれた。
だから、何の約束をしたわけでもないのに、一方的に裏切られたと感じているのだ。
しかも、話によると、雪菜を奪ったのは、あのいけ好けない酒屋の男らしい。
テレビに出てる芸能人みたいな整った顔でいつもにこにこ笑ってて、まるで悪徳セールスマンみたいで。
どんな手を使ったのか、母ちゃんや商店街のおばさんたちをメロメロにしただけじゃ飽き足らず、俺の雪菜にまで手を出した。
陸人は思い出したように怒りで「がー!」と叫んだが、母はそれを日常だと思っているらしく、意にも解さないまま陸人の存在など無視して雪菜に話し掛けている。
「それにしても、レイジくんと付き合ってたことや、駆け落ちっていうのには驚いたけど」
「すいません」
「昨日、ご実家に行ってどうだったの?」
すっかり井戸端会議のように話し込む母と雪菜。
大人の女ってのはみんなこうなんだろうか。
おやつ出せとも言えないまま、陸人は自分で冷蔵庫を漁る羽目に。