オレンジロード~商店街恋愛録~
つい先ほど、八百屋の健介と布団屋の明子が路地裏でキスしているのを目撃してしまったハルは、『遠藤書店』のレジカウンターでため息混じりに頬杖をついた。
若いというだけいい。
ただそれだけのことで、夢や希望に溢れているのだから。
対して、俺はどうだろうかと思い、ハルはまたため息を吐いた。
「おじゃまー」
ガラスの引き戸を開けて入ってきたのは、レイジだった。
レイジと仲よくなったのは、数ヶ月前。
この商店街で働く若者は極端に少ないため、年の近い同性ということも手伝い、よく話をするようになった。
「メールくれてありがとね、ハル。急いで取りに来たよ」
レイジは先日、バイク雑誌を注文してくれていた。
それが入荷したのでメールしたのが小一時間ほど前なわけだが、早すぎて驚いた。
優男のくせにバイク雑誌なんて、とも思う。
「ほらよ。693円な」
手早く会計を済ませたが、レイジは袋は不要だと言い、購入した雑誌を嬉しそうにレジカウンターの上で広げてぱらぱらとめくっていた。
ハルも思わずそれを覗き込む。
「バイク、買うのか?」
「買いはしないよ。そんなお金ないし。だから、眺めて我慢してんの」
「ふうん」
ハルにとってはバイクなど、何がいいのかわからない。
しかし、人にはそれぞれ趣味や嗜好があるわけで、それを否定する気はない。
レイジは雑誌に載っている1台のバイクを指差し、
「これ。スティード。俺が前に乗ってた型のやつ」
「うっそ。マジで?」
指差されているそれは、フルカスタムされたアメリカン。
レイジがそれに乗っていた姿など、まったくもって想像できなかった。