オレンジロード~商店街恋愛録~
この町に来て、1年と少し。
雪菜は元々、花が好きで、だから絶対に花屋で働きたいと思い、飛び込んだ先が今勤めている『斉木生花店』だ。
不満なんて何もない。
好きなことを仕事にして、大切な人たちに囲まれて楽しく生きられる幸せを、雪菜はこの上なく思っている。
「雪菜ちゃん。それが終わったらこっちのもお願い。ショーケースに入れておいて」
「はい」
雪菜は作り終えたミニブーケを置き、斉木夫人が朝一番に市場で買い付けてきた真っ赤なバラを見やった。
甘い香りに自然と顔がほころぶ。
「綺麗ですね」
「でしょ? 私もバラの花が一番好きなの」
斉木夫人はくすりと笑い、
「大昔の話だけど、うちの主人が私の誕生日に、年の数と同じ本数の真っ赤なバラの花束を持って現れて、『結婚してくれ』って」
「へぇ」
「私もう感動しちゃってね。即『よろしくお願いします』って言ったの」
「素敵ですね、そういうの。憧れちゃいます」
「まぁ、主人も今じゃあんな、お腹の出たただのおじさんだけど、キザなこと言ってたあの頃が懐かしいわ」
斉木夫人は愛しい過去を懐古するように、目を細めた。
『斉木生花店』は、主に斉木夫妻がふたりでやっている店だ。
寡黙だが優しい目で花を見るご主人と、面倒見がよくて頼れる夫人。
雪菜は憧れだけでこの花屋を選んだが、今では夫妻の人柄にも惚れてしまった。
「雪菜ちゃんは?」
「え?」
「恋人と同棲してるって言ってたけど、相手の男の子はそういうことはしてくれないの?」