オレンジロード~商店街恋愛録~
「ま、待ってください!」


気付けば神尾は引き留めていた。


女性は不思議そうに振り向いた。

神尾の鼓動は速くなる。



「あ、あの。よろしければ、あなたのお名前も、教えていただけませんか?」


緊張で声が上擦っている。

しかし、自分がどうして緊張しているのかと考えられるほどの余裕はない。


女性は「あぁ、そうでしたね」と苦笑いした後で、



「私、鈴木 梓っていいます」


と、名乗ると、今度こそ「それじゃあ」と店に戻って行った。

神尾は、そのままぼんやりとその背を見送った。



「すずきあずささん……」


今更になって反芻した後、またもやドクドクと脈を打ち始めた胸をさする。


この鼓動の意味にも、それに伴う感情の名前にも、さすがの神尾ももう気付いた。

でも、あまりにも懐かしくも柔らかな気持ちに、照れて、自分で自分に苦笑いをしてしまう。



「どうしたものかな」


肩をすくめた後で、自らが抱えている百合の花に目を向ける。



とにかく今は、店に戻ってこの花を生け直すのが先だ。

そして、美味しいコーヒーを淹れるための準備をしなければ。


それからゆっくりと、自分の気持ちと向き合い、育てていけばいい。


今度は、この花も、芽生えた感情も、枯らさないように。




結論を出した神尾は、笑いながら、改めて『喫茶エデン』へと足を向けた。











END

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