オレンジロード~商店街恋愛録~
浩太の所為で場の空気がシラけてしまい、沙里がもう帰ろうかなと思っていた時、店の引き戸がガラガラと開いた。

のれんをくぐって入ってきたのは、ここで顔馴染みになった磯野だった。



「あー、いらっしゃい」


言いながらも、店長は相変わらずのように熱燗を手放さない。



「こんばんわ」


でも、さすがは馴染み客というべきか、店長のそんな姿も慣れたものの磯野は、笑うだけ。

で、カウンターに座っていた沙里の姿もいつもの通りらしく、磯野は笑顔そのままに、「ここいい?」と、沙里の隣に腰を下ろした。



「久しぶりだね、磯野さん」

「そうだね。僕は昨日も来たんだけど、サリーちゃんと会わなかったよね」

「あぁ、あたし昨日、伝票の整理して疲れてたから、真っ直ぐ家に帰ったんだよね」


馴染み客同士の緩い会話。

『サリーちゃん』と『磯野さん』なんて、アニメみたいな組み合わせだけれど。


店長の代わりに、無言の浩太が、磯野の前にお通しとおしぼりを出した。



「忙しそうだね、サリーちゃん」

「まぁね。でも、教師さんよりはマシだと思うけど」

「やめてくれよ、『教師さん』だなんて」


磯野は柔らかく笑った。



磯野はこの近くにある小学校で教諭をしているらしい。

初めは公務員だなんて羨ましいとしか思わなかったが、その仕事量を聞いた時には驚いた。


でも、磯野は一度として大変そうな素振りを見せたことはなく、それどころか優しそうな人柄に溢れていて、沙里は、あたしが子供の頃にこういう先生と出会えてたらなぁ、と、会う度に思わされるのだ。



「サリーちゃんは休みの日とか何してるの?」

「んー。昼過ぎまで寝てることが多いかな。あたし、やばいよね」

「誰かと遊びに行ったりしないの?」

「しないなぁ。こっちにあんまり友達っていないし」

「そうなんだぁ。僕と同じだね。僕も地元はここじゃないから、仲のいい人がいなくて。プライベートで話をするのなんて、ほんとサリーちゃんくらいだからね」
< 87 / 143 >

この作品をシェア

pagetop