オレンジロード~商店街恋愛録~
明子の言いたいことはわかっているし、逆の立場なら沙里だってそう言うかもしれない。



でも、沙里にしてみれば、このストーカーのことを、本当の悪い人には思えないのだ。


手紙の字は汚いけど、それでも文体からは一生懸命書いてるのがうかがい知れるし、前はひらがなばかりだったのに、最近は漢字も増えてきた。

そういうのを見てしまうと、どうしても、警察に届けようなんて思えない。



「心当たりとかないの? サリーさん、いっつも仕事中はにこにこ笑ってるから、そのストーカーに対しても、知らず知らずのうちに勘違いさせるような言動したのが原因かもよ?」

「んー、まったくわかんない」


沙里が小首を傾げて言ってみると、明子は大きく肩を落とし、「危機感ってもんを持ちなよ」と呆れた口調を返してきた。


だって、まったく心当たりはないし、だからってまわりの人すべてに疑いの視線を向けられるはずもない。

それより朝から女子高生にお説教されてるあたしって一体何なんだろうと、沙里はこの状況をおかしく思う。



「しっかし、そのストーカーも何がしたいんだか。毎日1,2回、手紙と差し入れくれるだけでしょ?」

「そうなの。しかもその内容は、ドラマとかみたいに気持ち悪い感じじゃなくて、頑張れよとかそういうのばっかだし」

「ふうん。まぁ、ストーカーするやつの思考なんて常人のあたしたちじゃ想像もできないけど」


そう言って肩をすくめた明子は、



「とにかく、ほんと何かあったらすぐ言いなよね?」

「ふぁーい」


沙里が生返事だけを返すと、電車の時間が迫っているためか、明子は「じゃあね」と駅の方に走り出した。



沙里は改めて『ビーナス』の開店準備に取り掛かる。

店のシャッターを開け、ディスプレイを少し直し、もうすぐ納入される商品の伝票を確認する。


もしかしたら、スーさんは今もどこかからあたしを見ているのかもしれない。


そう思ったら、恐怖とかではなく、沙里は背筋が正される思いになるのだ。

頑張れと励まされた以上、仕事くらいはきちんとしなきゃ、と。

< 91 / 143 >

この作品をシェア

pagetop