オレンジロード~商店街恋愛録~
浩太ってまともに喋れるんだ。

なんて、感心している場合ではない。



「え? 磯野さんって奥さんと子どもさんがいたの?」


沙里にとってはそちらの方が驚きだった。



「じゃあ、何? 磯野さんは奥さんと子供さんがいたのにあたしを口説こうとしてたってこと?」


目を見開いて問う沙里に、磯野はバツが悪そうに舌打ちするだけ。

代わりに浩太が「そういうことだ」と答えてくれた。



「……何、それ……」


あたしは何だかよくわからないうちに不倫相手としてターゲットにされて、しかもそれが思い通りにならなかったからって暴言を吐かれて、この仕打ち。

ふざけるなと言ってやりたかった。


が、沙里が声を上げようとするより先に、



「こ、このことは水に流してやるから、お前ら、もう二度と僕の前に現れるな!」


捨て台詞なのか、何なのか。

わめいた磯野は、足をもつれさせ、ふらふらしながら逃げて行った。


その背中がひどく小さく見えて、沙里は、あんな男を少しでもいい人だと思っていた自分の見る目のなさを嘆いてしまう。



それでも息を吐き、沙里は改めて、



「ありがとね、浩太。おかげで助かったし」


目前の浩太への礼を述べたのだが。



「何が『ありがとね』だよ! ふざけんな! 俺がいなかったら、あんた、殺されてたかもしれねぇんだぞ!」

「あー……」

「何考えてんだよ! だから俺は、こういう時のためにスタンガンを使えって」

「え?」


聞き間違いなんかではなかった。

確かに浩太は今、『スタンガン』と言った。


あの手紙のことはみんなに知られていたとはいえ、スタンガンのことまでは誰にも言ってなかったのだから、それを知っているのは、沙里と、そしてあれをくれた本人だけ。
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