結婚してください
高校時代、英輔に毎日結婚するように婚姻届を書くように言われ続けた。
あの頃が懐かしく感じてしまう。
あの当時の私に今の私が想像できただろうか?
あれだけ嫌いだった夫になる藤堂英輔を好きになり彼の子を妊娠している。
だけど、英輔は何も知らない。
これ以上英輔に迷惑をかけたくない。好きでもない私と結婚させられて侮辱され続ける日々は本望ではないはず。
こんな私とは早く別れ、藤堂家に相応しい奥さんを貰うのが英輔には一番良いのだから。
誰も見送りに出るはずはない。 私は荷物を手に持ち玄関を出た。
すると柴崎さんがそこに立っていた。
「本当に離婚されるつもりですか?」
「何も言わないで下さい。」
「夫婦の問題ですから私は何も申せません。ですが、これだけは言わせて下さい。
ご結婚前から、貴方とお会いになってからの英輔様は以前の英輔様とは別人のように貴方様に一生懸命尽くされていました。貴方に振り回される英輔様を見るのが私はとても楽しかったです。
奥様になられてからも、貴方はここにはいらっしゃいませんでしたが、それでも毎日貴方の報告を聞くのを楽しみになさっていたあの方の嬉しそうな顔を私は忘れることが出来ません。」
「英輔は家のしきたりに縛られていただけのことよ。
私に命令しかしなかった人よ。人を人だと思わないような扱いしか受けていないわ。」
そうよ、あの時は英輔は冷酷だった。私を大事に扱おうなんてそんな気持ちはなかった。
「でも、それでも英輔様なりの愛し方です。それだけは分かってください。
では、お体にお気をつけて。」
昔のことはどうでもいい。
もう過ぎたことは関係ない。
今、私が一番辛いのは英輔に酷い仕打ちしか出来ないこと。
もうこれ以上英輔に迷惑をかけたくない、ただ それだけなのだから。