第1巻 Sicario ~哀しみに囚われた殺人鬼達~
固まっているチェルを差し置いて、俺は颯爽と部屋へ向かった。
床に投げていたコートを拾い上げると、袖に腕を通した。
部屋から出て、リビングへ戻る。まだ異様な雰囲気に包まれている其処を通り抜け、俺は玄関にのドアに手を掛けて外へ出た。

暗い空気に俺の息が白く露(あらわ)になる。もうすっかり冬だ。
今日は何処へ行って殺そうか...。
ノーリスト街の貧民街へ行くのも良いが、薄汚いホームレスを殺してもいまいちだ。

しかし夕飯までに帰って来いと、言われているので遠くへは行けない。
近場で済ませなければいけないわけなのだが、さて如何したものか...。


「...取り敢えず、歩くか。」


頭で考えても解らない。
歩けば人がいるかもしれない。気ままに其奴(そいつ)等を殺るか。
この国は路地が多い。活用しない手は無い。
俺は電灯だけが照らしている通りを歩きながら、人が来る事を願う。

無意識に鼻歌を歌っていた。曲名は知らない。恐らく、たまたま耳に入ったものだろう。
何処で聞いたかな...、どうでも良いかそんな事。

不意に視界の左端に人影が写った。建物を挟んで向かい側の通りだ。
光の射さない道を通ると、俺の視界に写った人影が見えた。
割と若い男だ。
見るからに疲れているようだ。仕事帰りか...。
他に見える人物はいない。
...決めた、あいつにしよう。

俺は男にバレないように、背後まで近付いた。
男は俺に気付いていない。
俺は優しく男の肩を叩いた。
男は驚いて肩を揺らし、背後に振り返った。
俺は笑顔で男を見ていた。男は俺の顔を見て、少し安心したようだ。如何やら男は俺を“無害”と判断したらしい。


「やぁ、おじさん。仕事帰りかい?」

「あ、あぁ、そんな所さ。」

「俺もバイト帰りなんですよ。家こっちなんですか?」


俺は男の進行方向を指差して聞いた。


「そうだよ。君もかい?」

「はい。良かったら途中まで良いですか?」

「構わないよ。」


男は社交的な人柄のようだ。
俺は男と並んで歩く。首にカメラを下げている。
記者か、パパラッチの類か。
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