第1巻 Sicario ~哀しみに囚われた殺人鬼達~
そうこう話している間に、足音は姿を連れて目の前に迫って来ていた。


「やっと“其れらしき人”に出会えましたね。」

「テメェは...!?」


モガルって奴は彼奴だったのか...。
紫掛かった黒い髪に、サングラス、白い棒、癪に障る丁寧な言葉。
此奴を半殺しにしろだと...一歩間違えれば殺してしまうぞ。元々俺は余り器用では無いから、半殺しという時点で既に難易度が向上しているというのに...。


「あぁ、其の声ですよ。目が不自由なもので、探すのに苦労しました。」

「素直に彼処で寝ときゃー良かったんだ。」


俺とモガルの会話が気になったのか、キースが小声で尋ねてきた。


「知り合いか?」

「ンな訳ねぇーだろ!?」


真顔で「知り合いか?」なんて阿呆みたいな質問だった。
外見からしてギフトより年上だと思うが、其の質問は無いだろう。俺でも聞かない。つまりは俺でも考えれば解るという事だ。

余りに阿呆な内容に俺はポカンと口を開けて固まってしまった。


「アンタ...馬鹿だったのか?」

「殺されたいのか?犯罪者。」

「其れは嫌だけど...。つか、俺殺したらアンタも犯罪者だぜ?」

「...チッ」


また舌打ちかよ。
良い歳して無いぜ、其れは...。
いや...其れを言ったら家(『Sicario』)の最年長と次年長は如何なるって話だよな。マジで良い歳してアレだからな。
まぁ、普通に生きていれば俺もギフトと同年代だった訳だが...。
嫌だな...切実に。


「ハァ〜...取り敢えずさ、またちょっと寝ててもらえねぇーかな。
もう少しで“終わる”んだからよ。」

「聞き捨てなりませんねッ。簡単な仕事でしたのに...こうも無茶苦茶にされるなんて!!」


突然、目の前に白く反射したワイヤーが見えた。
素早く屈んで避けると、近くの硝子張りの窓が良い音を立てて割れ落ちた。

いきなり俺限定で狙うか...。あくまで俺が“ターゲット”か。
キースが銃を片手に構える。


「また、避けたんですか。小賢しい。」


俺もナイフを握り締め、廊下を蹴りモガルとの距離を一気に詰めた。
切り掛かったが前回同様ワイヤーで食い止められた。
追い打ちを掛けるようにモガルは白い棒の持ち手から下を抜き取った。白い棒から出て来たのは長さ数十cmのアイスピックの様なものだった。
容赦無く俺に向けて突き付ける。

既の所で避け、再度モガルとの距離を取った。
入れ替わるようにして、キースがモガルに攻め寄る。
モガルは当然油断する事無く、ワイヤーを巧みに使って迎え撃つ。

ワイヤーがキースを掠め取り血が流れる。
片腕で前をカバーし、残った片腕で銃を撃ち放った。モガルは銃声を直ぐ様察知すると、前方に手を振り下ろした。
火花を散らし弾丸は左右に逸れた。
キースの舌打ちが聞こえた。

俺もじっとしている訳にはいかない。
勢い良く廊下を蹴り上げ、スピードを付ける。キースの背中が近付くとそれなりに自信のある脚力で、廊下から数m上に飛び上がって、マロンから奪っておいた銃を振り下ろした。
出来るだけ音を立て無いよう気を使った事が、功を為したのかモガルはキースの方に完全に意識を向けていた。

キースが寸での所で俺の気配に気付き、モガルとの距離を取った。
モガルは気付いていない。目が見えないという事に感謝する。

頭の頂点を砕く勢いだった。
モガルは前倒し顔面から痛々しい音を立て、気を失った様だった。
モガルの上から退いて立ち上がった。
キースに撃たれた傷が痛む。気に止めていなかったが、出血が酷い。

少し離れた所にいたマロンがおずおずと姿を現した。


「終わり...ッスか?」

「まーな。...つっー...」

「ウワッ!?めっちゃ血が出てるじゃないっスか!!?」


マロンが近寄って俺の血だらけ腕に触れようとした。
今の状態で触れられるのは、堪らないのでマロンから腕を遠ざける。


「触ろうとすんじゃねぇー!!痛てぇだろうが!!馬鹿か!殺すぞッ!!」

「怒んない出下さいっス!!」


キースに体を向ける。
キースもドールに受けた打撃が悲鳴を上げているのだろう。
満身創痍と言った感じだろう。
俺も似た様なものだ。

先程わざわざギフトが電話掛けてきたから、恐らくガキの言う通りもう“終わる”のだろう。
此処でキース達と別れるべきだろうな。
ドールは放って置いても、ブーメランみたいに帰って来るので大丈夫だろう。


「此処で別れだ。」


キースを見据えて俺は言った。


「...終わりという事か。」

「まぁ、そんな感じだ。だからよ、これでお別れ。また会った時には楽しく殺ろうな。
じゃっ!」


惜しむ事無く俺はキースに背を向けた。
マロンにも軽く手を振った。
数歩歩いた所でキースが声を掛ける。


「名前は何だ。」


静寂の中で其の低音は深く響き渡った。
足を止め顔を横に向け目線を送る。


「...知っても追求すんなよ。下手したら死ぬからな。」


キースの唾を飲む音が微かに聞こえる。


「...“セルリア”......」


キースの瞳孔が見開かれるのを確認して、俺は微笑みながら公爵夫人とガキ共が去って行った方へ、足取り軽く進んだ。
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