第1巻 Sicario ~哀しみに囚われた殺人鬼達~
side:ギフト
目的地に着いた頃には、僕はゼエゼエと肩で息をしていた。
其れでも汗は流れていない。代わりに開いている傷口から血が流れ、体温を奪っていく。
体は重い。何か重い物を引き摺っている感覚だ。脚は人形の様に言う事を聞かない。
痛みを感じる事が出来なくなった代償だ。
無茶しなければ良い事だが、僕の性格上其れは無理な提案などとうの昔に知れている。
やっとの思いで扉を開く。
バー専用のカウンターとテーブル、それに合った椅子に僕以外の全員が座っていた。
『不思議の国』は主に壁側のソファーに腰を掛けている。
『Sicario』はテーブル席の奥に、ナタリアとチェルはテーブル席の手前に座っている。
カウンター内には白ちゃんとサラフィリア、其の脇に黒虎兄さんが立っている。
白ちゃんが僕の顔色を見て眉をひそめる。
「随分遅かったじゃない!其れに怪我までして...顔色も良くないわよ。」
「あー...うん。ちょっと、流し過ぎちゃったけだよ。」
微笑みながら白ちゃんに答える。
僕が怪我をしていると言う発言で、ドールとフェスターニャが音を立てて立ち上がった。
「兄さん!!怪我したの!!?おい!ブス!!兄さんの近くに居たくせに何してんのッ!?殺すぅう!!!」
「失礼なッ!!!!私はちゃんとマスターを守っていました!!!」
「じゃこれは如何言う事!!?役立たず!!!
...嗚呼、解った...そうやって兄さんを痛ぶって自分のモノにする心算なんでしょ?泥棒猫って言うんだよね、そう言うの...ねぇそうでしょッ!!!」
「......私も怒りますよ。
...ハァ...、貴様こそマスターに嫌われているとまだ解らんのか?売られた喧嘩は買うぞ。表に出ろ。」
喧嘩沙汰は流石に避けたいので、面倒だが僕が間に入った。
ドールはともかく、フェスターニャも僕の話題となると、まるで子供と同然だ。
「傷口が開いただけだよ。屋敷で負ったものじゃないよ。君等は心配し過ぎなんだって、そんなにピリピリしてたら早死するよ。アハハ!」
「ギフトちゃんに1番言われたくない台詞ね...。」
カウンターに右肘を付いて、頬を置いている。盛大な溜息も聞こえてきた。
正論だから特に返す事は無い。そもそも黒虎兄さんが居る時点で、そんな事は出来ない。下手したら更に傷が開きそうだ。
ただでさえなおりが遅いのに...。
「あぁ!そうだ!!白ちゃん、次の奴隷船は何時なんだい?」
「?...何でそんな事聞くのよ。」
「聡明な白ちゃんなら解るんじゃないかな〜?」
白ちゃんは察してくれた様で、眉に皺を寄せた。
きっと不服に思っているのだろう。
「流石に、其れは...そう簡単に“はい”と言えないわ。
...何でこんな事ばかり思い付くのかしら。」
白ちゃんが珍しく睨みを利かせている。
普段は顔に皺が出来るや、女らしく美しくないと言って笑顔でいる。だが、どんなに繕っても男と言う根本は変わらない。
更に白ちゃんは倭王帝国出身だ。彼等は繕う事は得意だが、腹の中では何を考えているのか解らない。個人差はあるが気は長いが気が荒いと言う。
「怖いな〜。ほら、はっきり言いなよ。」
「本当に怒るわよ。」
白ちゃんの表情をまじまじと覗く。僕の行動を不思議に思ったのか、白ちゃんは間抜けな顔で目を合わせている。
何故そんなに不思議そうにするのか僕にはよく解らないが、少し反応が面白くて鼻先が触れる程近付いてみた。
この行動に意味など全くもって無い。
白ちゃんが一歩引き、黒虎兄さんが危視している。ドールはそんな黒虎兄さんを警戒し、フェスターニャは如何すれば良いのか解らず、オドオドと不安気な表情を浮かべている。
「白ちゃん。...そうじゃない。」
「...?」
僕はニッコリと微笑んだ。
更に、僕の行動の意味が解らなくなった白ちゃんは、眉を顰めている。
僕はもう一度、ゆっくりと言った。
「僕は、其れを、考えていない。」
「じ、じゃ...何なのよ?」
一旦、白ちゃんと距離を置いて、僕は何時もの笑顔で堂々と話し始めた。
「簡単な話しさ。『不思議の国』を奴隷船を使ってカルラの外へ運んで欲しいだけ。
僕が望んでいるのは其の1つだけだよ。」
「『不思議の国』は私達の商品じゃないわ。」
「其の半数を連れて来たのは黒虎兄さんだ。」
「ッ...!?そ、其れは...」
自分の名が出された事により、黒虎兄さんが焦りを見せる。
「僕が頼んだからと言いたげだね?
僕が頼んだとか頼まなかったとか、この際如何でも良いんだよ。
此処に『不思議の国』を“半数も”連れて来たのは、“黒虎兄さん”と言う事実が大事なんだよ!!
其れ共、僕がこの件を調整局が、総力を上げて、調べ上げても良いんだよ。
大手のオークションと言ったら、この辺では『九尾の道楽』位だし...。
ねぇ、賢い白ちゃんなら...解るよねぇ?」
目を細める。
白ちゃんは痛い所を疲れた様で、顔に皺が増えている。
「屁理屈よ...」
「屁理屈、まぁ、そうかもね?
でも今、主権を握っているのは、僕だ。
やっぱり権力は素晴らしいよ!!
取っておくものは、取るべきだね!!
ねぇ白ちゃん!!!ねぇ!ねぇ!」
白ちゃんの肩を掴んで揺さぶる。
「良い大人なんだから、止めなさい!!
子供と何1つ変わらないじゃない!」
「ごめん...でも楽しい事は積極的にアピールしないと。ね。」
僕は頭を傾けて笑顔で白ちゃんに言った。
白ちゃんは優しいから、どうせ一杯考えても、僕の出した要件を呑んでくれる事を僕は知っている。
だから、僕は白ちゃんが好きなんだよ。
“Yes”の返事を今か今かとにっこりしながら待っていると、セルリアの叫び声が聞こえた。
心無しか、何時ものセルリアの声より低く感じた。
「セルリア?」
「...何、ワタシ見でぇんだ?」
セルリアでもケビンでもない話し方。
僕の知らない誰かが、あの身体を使っている事は明白だった。
よくよく見ていれば、酷い猫背、倦怠感を帯びた目。
誰かはさて置き、何故今なんだ、と頭の中で呟いた。
セルリアは僕の知る限り、突然人格交代を起こす事は滅多に無い。特に“こういう”時は頑なに代わらない。
僕は“誰か”の襟首を掴んで、大勢の視線が突き刺さる中、奥の部屋へ引き摺り込んだ。
去り際に白ちゃんに答えを催促した。
奥の部屋の扉から一番遠い場所へ移動すると、“誰か”の襟首を離した。
腕を組んで見下ろす。
「誰だ。」
僕との身長差が約20cmあるんだ。仕方が無いよ。
目的地に着いた頃には、僕はゼエゼエと肩で息をしていた。
其れでも汗は流れていない。代わりに開いている傷口から血が流れ、体温を奪っていく。
体は重い。何か重い物を引き摺っている感覚だ。脚は人形の様に言う事を聞かない。
痛みを感じる事が出来なくなった代償だ。
無茶しなければ良い事だが、僕の性格上其れは無理な提案などとうの昔に知れている。
やっとの思いで扉を開く。
バー専用のカウンターとテーブル、それに合った椅子に僕以外の全員が座っていた。
『不思議の国』は主に壁側のソファーに腰を掛けている。
『Sicario』はテーブル席の奥に、ナタリアとチェルはテーブル席の手前に座っている。
カウンター内には白ちゃんとサラフィリア、其の脇に黒虎兄さんが立っている。
白ちゃんが僕の顔色を見て眉をひそめる。
「随分遅かったじゃない!其れに怪我までして...顔色も良くないわよ。」
「あー...うん。ちょっと、流し過ぎちゃったけだよ。」
微笑みながら白ちゃんに答える。
僕が怪我をしていると言う発言で、ドールとフェスターニャが音を立てて立ち上がった。
「兄さん!!怪我したの!!?おい!ブス!!兄さんの近くに居たくせに何してんのッ!?殺すぅう!!!」
「失礼なッ!!!!私はちゃんとマスターを守っていました!!!」
「じゃこれは如何言う事!!?役立たず!!!
...嗚呼、解った...そうやって兄さんを痛ぶって自分のモノにする心算なんでしょ?泥棒猫って言うんだよね、そう言うの...ねぇそうでしょッ!!!」
「......私も怒りますよ。
...ハァ...、貴様こそマスターに嫌われているとまだ解らんのか?売られた喧嘩は買うぞ。表に出ろ。」
喧嘩沙汰は流石に避けたいので、面倒だが僕が間に入った。
ドールはともかく、フェスターニャも僕の話題となると、まるで子供と同然だ。
「傷口が開いただけだよ。屋敷で負ったものじゃないよ。君等は心配し過ぎなんだって、そんなにピリピリしてたら早死するよ。アハハ!」
「ギフトちゃんに1番言われたくない台詞ね...。」
カウンターに右肘を付いて、頬を置いている。盛大な溜息も聞こえてきた。
正論だから特に返す事は無い。そもそも黒虎兄さんが居る時点で、そんな事は出来ない。下手したら更に傷が開きそうだ。
ただでさえなおりが遅いのに...。
「あぁ!そうだ!!白ちゃん、次の奴隷船は何時なんだい?」
「?...何でそんな事聞くのよ。」
「聡明な白ちゃんなら解るんじゃないかな〜?」
白ちゃんは察してくれた様で、眉に皺を寄せた。
きっと不服に思っているのだろう。
「流石に、其れは...そう簡単に“はい”と言えないわ。
...何でこんな事ばかり思い付くのかしら。」
白ちゃんが珍しく睨みを利かせている。
普段は顔に皺が出来るや、女らしく美しくないと言って笑顔でいる。だが、どんなに繕っても男と言う根本は変わらない。
更に白ちゃんは倭王帝国出身だ。彼等は繕う事は得意だが、腹の中では何を考えているのか解らない。個人差はあるが気は長いが気が荒いと言う。
「怖いな〜。ほら、はっきり言いなよ。」
「本当に怒るわよ。」
白ちゃんの表情をまじまじと覗く。僕の行動を不思議に思ったのか、白ちゃんは間抜けな顔で目を合わせている。
何故そんなに不思議そうにするのか僕にはよく解らないが、少し反応が面白くて鼻先が触れる程近付いてみた。
この行動に意味など全くもって無い。
白ちゃんが一歩引き、黒虎兄さんが危視している。ドールはそんな黒虎兄さんを警戒し、フェスターニャは如何すれば良いのか解らず、オドオドと不安気な表情を浮かべている。
「白ちゃん。...そうじゃない。」
「...?」
僕はニッコリと微笑んだ。
更に、僕の行動の意味が解らなくなった白ちゃんは、眉を顰めている。
僕はもう一度、ゆっくりと言った。
「僕は、其れを、考えていない。」
「じ、じゃ...何なのよ?」
一旦、白ちゃんと距離を置いて、僕は何時もの笑顔で堂々と話し始めた。
「簡単な話しさ。『不思議の国』を奴隷船を使ってカルラの外へ運んで欲しいだけ。
僕が望んでいるのは其の1つだけだよ。」
「『不思議の国』は私達の商品じゃないわ。」
「其の半数を連れて来たのは黒虎兄さんだ。」
「ッ...!?そ、其れは...」
自分の名が出された事により、黒虎兄さんが焦りを見せる。
「僕が頼んだからと言いたげだね?
僕が頼んだとか頼まなかったとか、この際如何でも良いんだよ。
此処に『不思議の国』を“半数も”連れて来たのは、“黒虎兄さん”と言う事実が大事なんだよ!!
其れ共、僕がこの件を調整局が、総力を上げて、調べ上げても良いんだよ。
大手のオークションと言ったら、この辺では『九尾の道楽』位だし...。
ねぇ、賢い白ちゃんなら...解るよねぇ?」
目を細める。
白ちゃんは痛い所を疲れた様で、顔に皺が増えている。
「屁理屈よ...」
「屁理屈、まぁ、そうかもね?
でも今、主権を握っているのは、僕だ。
やっぱり権力は素晴らしいよ!!
取っておくものは、取るべきだね!!
ねぇ白ちゃん!!!ねぇ!ねぇ!」
白ちゃんの肩を掴んで揺さぶる。
「良い大人なんだから、止めなさい!!
子供と何1つ変わらないじゃない!」
「ごめん...でも楽しい事は積極的にアピールしないと。ね。」
僕は頭を傾けて笑顔で白ちゃんに言った。
白ちゃんは優しいから、どうせ一杯考えても、僕の出した要件を呑んでくれる事を僕は知っている。
だから、僕は白ちゃんが好きなんだよ。
“Yes”の返事を今か今かとにっこりしながら待っていると、セルリアの叫び声が聞こえた。
心無しか、何時ものセルリアの声より低く感じた。
「セルリア?」
「...何、ワタシ見でぇんだ?」
セルリアでもケビンでもない話し方。
僕の知らない誰かが、あの身体を使っている事は明白だった。
よくよく見ていれば、酷い猫背、倦怠感を帯びた目。
誰かはさて置き、何故今なんだ、と頭の中で呟いた。
セルリアは僕の知る限り、突然人格交代を起こす事は滅多に無い。特に“こういう”時は頑なに代わらない。
僕は“誰か”の襟首を掴んで、大勢の視線が突き刺さる中、奥の部屋へ引き摺り込んだ。
去り際に白ちゃんに答えを催促した。
奥の部屋の扉から一番遠い場所へ移動すると、“誰か”の襟首を離した。
腕を組んで見下ろす。
「誰だ。」
僕との身長差が約20cmあるんだ。仕方が無いよ。