イジワル上司に恋をして(ミルククラウン)【番外編】
「早くあっためろよ」


「あー。やっぱりイブって、道行く人の顔がシアワセ滲み出てますよねぇ」

閉店作業の手を止めて、硝子越しに外に顔を向けた美優ちゃんがぽつりと漏らす。

「それなのにっ! なんであいつは今日も残業なのよー!」

ドン!とやや乱暴にレジ金をカウンターに置くと、まだぶつぶつと美優ちゃんの苛立ちはおさまらないでいるようだった。

今日はずっとこれ。
相当美優ちゃん、彼氏のこと好きなんだ……。

店内を掃きながら美優ちゃんに同情していると、気付けば真横に彼女が移動してきていてびくっと肩を上げた。

「……鈴原さん」
「な、なに……?」
「鈴原さんは今日これからデートなんですか? 例のカレシさんと」
「れ、例の……って」

美優ちゃんのおされるような雰囲気に、モップを持ったまま後ずさる。

「〝オトナだけど中身がコドモで、表現ベタなカレ〟!」
「うっ……」

美優ちゃんに総括して言われると、なんかアイツにいいとこなんかないみたいに聞こえて微妙な気持ちになる。

「鈴原さんのカレシさんってどんな人なのかなー。ショップに来てくれたりしないんですかー? あたし見てみたいんですけどー」

……み、見てます。見てますよ、毎日のようにね……!

「鈴原さん。ちょっといい?」

わたしと美優ちゃんがサロンに背を向けるように立ち話をしてると、背後からやけに優しい声が降ってきた。

美優ちゃんが先にきらきらとした目で振り返る。
わたしは反対に恐る恐る振り返った。

「例の婚礼の件で、ちょっと」

見上げると、完璧に仮面を被った上司兼彼氏。
その柔らかな笑みと穏やかな口調が怖いと思うのなんて、わたしくらいだろう。

「悪い。すぐ戻すから」
「はいっ! 全然大丈夫です!」

美優ちゃんは相変わらずこの上司――黒川優哉に黄色い声を上げている。
身を翻す直前に、美優ちゃんに向けてたスマイルとは違う、捻くれた笑みをわたしには見せた。

休憩室に連れられて、わたしが後ろ手でドアを閉めると目の前にいた黒川が振り返る。
コツッと革靴の小気味いい音が聞こえたと思えば、視界いっぱいにヤツが映り込んだ。

ドン、と軽く壁に手を置かれて、ヤツは威圧するようにわたしを上から見下ろした。
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