ひまつぶしの恋、ろくでなしの愛







誰かのことを抱きしめたい、と思ったのは初めてだった。



ただ抱きしめるんじゃなくて、包み込むように優しく抱きしめたい、と。




彼女が去ったあと、俺はひらいた掌に目を落とした。



彼女の薄い背中や華奢な肩に触れた感覚が、彼女の温もりが、まだここに残っている気がする。



彼女のほうから俺を求めてくれるまでは、触れないでおこうと決めていたのに。




唇を震わせながら、弱々しい声で過去を語る彼女を見ていたら、もう我慢できなかった。



抱きしめたい、という急激な思いをこらえられなかった。




俺は見つめていた掌を裏返して、手の甲を見る。



彼女を傷つけた男を殴ったあとが残っていた。



痛くなんかない。


むしろ、もっと力をこめてやればよかつた、と思っているくらいだ。




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