ひまつぶしの恋、ろくでなしの愛
「………先生、着きましたよ。

起きてください」



「………ん、なに?」




肩を軽く揺さぶると、先生は目をこすりながらゆっくりと身を起こした。




「マンションに着きました」



「え? あー………ありがと」




やっと状況が呑み込めたのか、先生は開いたドアから外に出た。


動きは緩慢で、まだ酔いが覚めてはいないようだった。




「一人で部屋まで行けますか?」




訊ねると、先生が目を丸くして私を見る。




「え? 智恵子、降りないの?」



「このままタクシーでうちまで帰ろうと思ってたんですけど」



「なんで? 用事? 明日早いとか?」



「いえ、そういうわけでは………」



「じゃあ、部屋まで送ってよ。俺、一人で帰らせたら階段から落ちちゃうかもしれないよ」



「………エレベーターあるじゃないですか」



「故障してる可能性もゼロではない」




それだけ屁理屈が言えれば大丈夫でしょう、と返したくなったけど、とりあえず私はタクシーを降りることにした。



ここで待っていてもらおうかと少し悩んでから、やっぱり代金を支払った。




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