ひまつぶしの恋、ろくでなしの愛
編集長の言葉に、私は苛立ちを隠せない。


本を出版したいと足掻いている、たくさんの才能ある『作家の卵』たちを、私は知っている。


運よく新人賞を受賞して、デビューできたっていうのに、出版社から急かされても作品を書かないなんて……。


なんて傲慢なやつなの?




「………そんな作家、放っておけばいいじゃないですか。

書く気のない作家に、用はないでしょ?」




冷たく言い放つと、編集長が苦い笑みを浮かべた。




「お前ならそう言うだろうと思ってたよ。

でも、な………」




編集長が伸びかけの無精髭をさすりながら、一瞬口を閉じて、そして、ひどく大事なことを言うように口を開いた。




「………朝比奈光太は、間違いなく、天才だよ。


何が何でも、書かせなきゃいけない」




私は意表を突かれ、口を噤んだ。


編集長が作家のことをこんなふうに言うのは、一度も聞いたことがなかったのだ。


『作家は俺たちの商売道具だ』と、臆面もなく言ってのけるような人なのに。



編集長にここまで言わせるなんてーーーいったいどんな小説を書くんだろう?





< 42 / 286 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop