花の下に死す
***


 「早くこちらへ……!」


 その夜は訪れた。


 屋敷にあまり人のいない夜、堀河はまず自室に義清を連れ込んだ。


 「こちらからですと、人目に付きません」


 堀河は自分専用の、璋子の寝室へと続く道を案内していた。


 「他の女房たちは遠ざけてありますが、くれぐれも勘付かれませんよう」


 「分かっている」


 「何かありましたら、私が合図します。……決して度を越した振る舞いは」


 「案ずるな。心配無用だ」


 「……」


 義清にはもはや、堀河の声など届かない。


 この戸を開けると、璋子は帳の中で眠りに落ちている。


 手を伸ばせば触れられる距離。


 いつからか密かに思慕していた女性。


 叶わぬ想いとあきらめようと、何度試みたことか。


 だが一度御簾の隙間から目にした面影は、褪せることなく……。


 忘れることなどできなかった女性が、すぐそこにいる。


 そう考えただけで天にも昇りそうな心地だった。
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