花の下に死す
 月のない夜だった。


 すでに室内の灯りも消され、暗闇だったが、闇に馴れた目は互いの顔を確認できた。


 闇に浮かぶ璋子の顔はとても綺麗で、義清は一瞬言葉を失った。


 御簾の隙間に偶然見かけただけで、一人だけで恋に落ちていた相手が、今ここにいる……。


 しかもこの世のものとは思えない美貌で。


 「待賢門院さま……!」


 思わず義清は、掴んだ手首をそのまま引き寄せ、璋子を腕の中に抱きしめた。


 「何を……? 離して」


 璋子は抵抗の色を見せるが、たおやかな体はあまりに非力で、抗う術もない。


 「どうか、しばらくこのままで……」


 夢の中でまで恋焦がれた女性を、腕の中に閉じ込めておきたいと義清は願った。


 「やめて。何なのあなた。こんなこと許されると思っているの? 私は……」


 鳥羽院の正妃。


 崇徳帝の母后。


 ……この国で一番高貴な女性。


 その身分と年齢差ゆえ、気位が高くて近寄りがたい女性だと思われた。


 だが。


 今こうして義清の腕の中で震える女は、まるで怯えた少女のよう。
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