課長さんはイジワル2
カーテンを開け、窓を開け放つと初秋の冷たい風が忍び込んでくる。


リビングで朝食を済ませ、ぼぉっと一息つきながら街の景観を眺めていると、近くのデパートから9時を告げるメロディーが流れてくる。


「いっけない!遅れちゃう!」


急いで洗面所に駆け込み、歯ブラシに歯磨き粉をつける。


鏡の前の台の上には、ピンク色の私のコップ。
その隣には水色の課長のコップ。


唯一、課長が置き忘れていった。



課長のコップを手に取り目を瞑れば、最後の夜に私の寝顔を覗き込んでいた課長の眼差しを思い出す。


今思えば、課長は私の前から去る覚悟を決めてたんだと思う。


課長と付き合ったのはほんの半年。

だけど、課長は鮮烈な思い出を残して、私の中を駆け抜けて行った。



もし、あの時、私が課長の異変に気付いていれば……

もし、もうちょっと私が大人で課長を私が支えることが出来ていたら……

もし、私がもっと……


よそう。


過去の『もし』に答えなんか、ない。


あの時の私は、幼いなりに精一杯課長を愛したんだもの。

今だから、見えたことやわかったことが沢山ある。

私の中の課長は5年前のあの日のまま……。

そして、1年ごとに私はあの日の課長の年齢に近づいていく。


話したいことが……

聞きたいことがいっぱいある。


ああ……


会いたいよ、課長。

今、どこにいるの?




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