ぎゅっと抱き締めて、そっとキスをして
だってそりゃそうもなるよね。
振り向いてもらえなかった同じ人を10年も好きでいたなら、望みもないと思っていたのなら。
なんだか項垂れたい気分。
なんだけど、約束の時間は刻々と迫っていて、気がつけばあと数分。
いつもとそんなに変わらない、けど、悪あがきみたいに、普段はつけない香水をふんわり纏う。
しょうがない、これが自分なんだからって納得させて、ため息を吐いたところで図ったようにチャイムがなった。
「かりーん?稔くんが来てるわよー?」
「今行くー」
こんなやり取りも、いつも通り。
「あ、おはよ。行こうか?」
玄関に行くと、お母さんと稔くんがお話ししていた。
珍しい。
いつもなら「ちょっと待っててねー」なんて言って、待たせるだけなのに。
「じゃあ、茉莉さんまた改めてご挨拶しに来ます」
「そうね、今度はお父さんいるときに!ふふふ」
え、ちょっと待って。
「挨拶……って」
「うん?妙齢の男と女が付き合うんだしケジメは必要でしょ?」
……え、えぇ?!
驚きに固まってると、どん、と勢いよく背中を押されて「ほら、出掛けるんでしょ」と、母の声。
楽観的なこの声は自分もお気に入りである稔くんを漸くゲットできたか、とお母さんなりの安堵の声なのか。