天翔ける君
この鬼が怖くてたまらない。
頭の中で警告が鳴り響く。
鬼の真っ黒な髪から恵都の頬に水滴が垂れて、たったそれだけのことで悲鳴を上げそうになった。
従いたくないが、恵都には選択肢がない。
下手に逃げ出したりすれば、この鬼は躊躇いもせずに恵都に手をかけるだろう。
そもそも恵都には逃げる場所すらなく、この大人数相手に逃げ切れると思うほど楽天的ではない。
恵都は逃げる場所も術も持ち合わせていない、そして戦うこともできない、ただの人間だ。
「質問に答えろ。お前は千鬼のなんだ?情婦でないというなら、なぜこの屋敷にいる?」
分からない、と恵都を首を横に振る。
「千鬼は私を助けてくれた。ただ、それだけ。なぜかなんて、分からない」
値踏みするように、鬼の視線が恵都を舐める。
「あれが女を、しかも人間をそばに置くのにそれだけのわけがあるか」
鬼は吐き捨てるように言って振り返り、後ろに控えている配下らしき妖たちに声をかけた。
「予定変更だ。この人間を連れ帰る」