天翔ける君
恵都は怒りに任せて髪をつかむ鬼の手を振り払った。
何本か髪が抜けてしまったみたいだけれど、構わない。
――私のことは、どうだっていい。
けれど、死にたいと思っていた時のような、自暴自棄な気持ちじゃない。
「あなたが夜鬼なんでしょう?どういうつもりか分からないけど、どうせ私を連れ去るつもりなら、私以外にはこれ以上手を出さないで」
「物分かりが良くて助かる」
鬼――夜鬼は満足そうに笑みを深めた。
笑顔というには醜悪で、けれど千鬼に似たその顔はそれでも美しさを損なわなかった。
「南天、別働隊に連絡しろ。ただちに引き上げる。これは連れ帰る。食うことは許さん」
夜鬼の端的な指示に、妖たちは従順に従う。
千鬼がやったのと同じように空中を駆け上がり、もう姿の見えないものもいる。
恵都は南天に手をかざされて、それで意識が遠のいていった。
あの鏡と同じように、不思議な術をかけられたのだ。
――千鬼、どうか無事でいて。
薄れる意識の中、最後まで恵都はそれを祈った。