天翔ける君
――ああ、もうだめだ。
恵都がそう思った時だった。
夜鬼の動きがぴたりと止まった。
ほんのわずか眉をしかめ、そしてあっさりと恵都を解放した。
「悪運が強いのはお前か、それともあれか」
ひとりごちた夜鬼は恵都の腕をつかんで、力任せに立ち上がらせた。
そのまま夜鬼は恵都の腕を引き、座敷牢を出て廊下を無言で進んでいく。
恵都はどうして途中で止めてくれたのか理解できないまま、片手で着崩れを取り繕いながら夜鬼に従った。
とりあえず助かったのだ。
これからもっと酷い目に合うのかもしれないが、それでも恵都は貞操の危機だけは脱した。
恵都は頭に叩き込んだ間取りのおかげで、夜鬼がどこに向かっているのかが分かる。
だからといって、夜鬼の目的が分かるわけではない。
庭だ。
夜鬼は真っ直ぐ庭に向かっている。
だが、庭にはなにもないのだ。
屋敷に来てすぐに庭を案内されたが、特に変わったところはなかった。
屋敷よりも広いくらいの庭だが、しかし草木や池以外に特別ななにかがあるわけではない。
広く風流だが、庭は庭だ。
恵都と夜鬼が庭に面した縁側に出ると、少し遅れて南天や、その他の屋敷に常駐している配下数人もやってきた。
皆表情は硬く、夜鬼だけが不敵な笑みを浮かべていた。