天翔ける君
唐突に、山吹に言わなければならないことを思い出した。
千鬼に想いを告げるつもりはないけれど、山吹には千鬼が好きだと伝えなければならない。
だから山吹の気持ちには応えられない、と。
そういえば、と恵都は気づいた。
山吹は屋敷に着いてから姿を消し、そのままだ。
山吹のことだから、なにか事情があるのだろう。
けれど千鬼がこんな状態なのだから、できれば屋敷にいてほしかった。
恵都が何度目かの桶の水換えのために外の井戸まで行くと、太陽は真上を少し過ぎていた。
もう眠いを通り越して、頭は妙に冴えている。
夜鬼の屋敷では太陽の出ている時間帯は座敷牢に閉じ込められていたから、日の光を浴びるのは久しぶりだ。
桶の水に日光が反射して、恵都は目を細めた。
千鬼の部屋に戻ると、もうすでに柊が起きてきていた。
休めたというほど時間はたっていないように思える。
「もう大丈夫なんですか?」
恵都が聞くと、柊はにこやかに答えた。
「人間は体が弱いと千鬼に聞きました。彼は恵都さんに無理をさせたくないようでしたので、私はその思いを尊重したいのです」