天翔ける君





千鬼の手が頬から、髪を梳くようにして後頭部へ移った。

千鬼の手に力はこもっていない。
弱々しく、恵都でも簡単に抵抗できそうだった。

けれど、恵都は千鬼のなすがままに従った。

千鬼に頭を引き寄せられ、美しい顔が目前に迫る。
きれいだなぁ、と恵都は呑気に感心した。

千鬼がなにをしたいのか分からず、そのまま彼の黒い瞳を眺めた。

「これで直に治る」

ぺろりと下唇を舐められ、恵都は硬直した。

「――だから、もう泣くな」

千鬼は言い終わるかどうかで瞳を閉じた。
すぐに微かな寝息が聞こえる。

恵都は呆然と下唇を指でなぞった。

――そういえば夜鬼に人質にされたとき、自分で唇を噛みしめて切れたんだった。

柊に「薬をつけましょうか」と言われたのをそのうち治るだろうからと断ったのを思い出した。
そのくらいの小さな傷だったから、恵都自身忘れていたのだ。





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