天翔ける君
ーーああ、オレは。
オレはこの優しい手を離せるだろうか。
恵都と過ごした穏やかな時間を忘れられるだろうか。
恵都のいない屋敷。
恵都のいない世界。
想像することすら難しい。
まるで色彩を、光を失うようだ。
恵都がやって来るまで、いったいどのようにして生きてきたのだったか。
「ーー千鬼?」
心配そうな恵都の呼びかけに、千鬼はとりあえず思考を遮断した。
瞳いっぱいに溜めた涙は今にも零れ落ちてしまいそうで、千鬼は自然と握られていない方の手を伸ばす。
途端に傷口が鋭く痛む。
血の滲んだ感覚がして不愉快だ。
けれど恵都には絶対に気取られないよう、微塵も表情には出さなかった。
「案ずるな。もう平気だ」
微笑みさえ浮かべて、千鬼は恵都の頬に指を這わせる。
「心配をかけてすまなかった」
途端に恵都の瞳から涙が溢れ、止めどなく千鬼の指を濡らす。