天翔ける君
恵都に嫌われても、たとえばもう人間の世界に帰ると言われても仕方ない。
それが当然だとすら思う。
けれど、恵都は恨み言のひとつも言わない。
ただ千鬼の心配をし、甲斐甲斐しく看病してくれている。
恵都は優しい子だから、ただ言い出せないだけだろうか。
それとも、死のうとするくらい辛いことがあった人間の世界に戻りたくないだけだろうか。
どちらの理由もきっとあるだろう。
千鬼だって、できれば惨いことをする人間たちに囲まれた世界になど、恵都をおいておきたくない。
けれど、このまま妖の世界にいればーー。
乱れた着物の恵都を乱暴に引き寄せる、夜鬼の残酷な笑みが脳裏に過ぎった。
暴力を振るわれたりはしなかった、と恵都は言った。
けれど、もしまた夜鬼に捕まったりしたら?
今度こそどうなるか、どんな目にあわされるか分からない。
千鬼といる限り、夜鬼の脅威は付いて回る。
恵都は人間の世界に帰さなければならない。
千鬼は妖で、恵都は人間だ。
住む世界が違うのは当然のことなのだ。