天翔ける君



恵都にはそれが重要だった。
――誰も近寄らない、というそれだけが。


ようやく山の入り口に着いた頃、いつの間にか恵都の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
しかしそれも構わず、自転車をそこら辺に乗り捨てて山に分け入った。



息が切れて登るのが辛くなった頃、恵都はスマートフォンで時間を確認した。
登り始めてから1時間。
辺りは暗闇だった。


もう少し登ろうと一歩踏み出して、恵都は木の根かなにかに足をとられた。
派手に転んで、声も出ない。

とっさについた手も膝もじんじんと痛む。
スマホの液晶画面の明かりで照らしてみると、擦りむいた傷口からは血がにじんでいた。

痛いわけだ。
ついてない。

恵都の頭には色々なことが浮かんだが、そのどれもが最早どうでもいいことだった。
これからすることに比べれば、とるに足らない些細なことだ。


――ともかくもう少し登ろう。
立ち上がろうと足に力を込めたところで、左足首に激痛が走った。

「……いったぁ」

――なにこれ、もう。
なんでこんな目に合わなきゃいけないの。

言葉にはならずに、涙が溢れた。


< 3 / 174 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop