天翔ける君
頸動脈を舐めてみると、恵都が少し震えた。
きっと怖いのだろう。
でも、この下に血が流れているのだと思うと、千鬼も怖くなる。
ちょっと牙が触れただけで肉が裂け、血飛沫を上げ、そして簡単に死んでしまう。
「ねぇ、千鬼。やっぱり食べたい?」
その言葉に、千鬼は心臓を氷の手でつかまれたかのように動きを止めた。
「違う」
「じゃあ、どうして?」
恵都は今にも泣き出しそうで、その表情はいつだって千鬼の胸を締め付ける。
いつかのように、抱きしめて慰めてやりたい。
でもそんな顔をさせているのは自分なのだと思うとできるわけがない。
「オレは妖だ。無防備に近づくな」
自分でも馬鹿なことを言っていると思いながら、千鬼は恵都の手首を離した。
「私ね」
逃げるかと思ったのに、恵都はどこにもいかない。
冷たく突き放したのに、逆に手をつかまれた。
「私ね、死にたくない。今すごく楽しいって思える」
千鬼だってそうだ。
もう恵都が死にたいと言って泣くのは見たくない。
「千鬼のおかげだよ。だから、千鬼ならいいよ。死ぬのは怖いけど、でも千鬼ならいいよ」
恵都はまっすぐに千鬼を見た。
鬼の姿の千鬼からも、目をそらさない。