天翔ける君
妖ですら、千鬼の変化した姿を見るとおびえる。
町の主としての千鬼は冷酷で残忍で、だがそれは力こそがものを言う妖の世界において必要なことだ。
絶対的な強さで支配しなければ、妖をまとめることはできない。
だから怖がられることは当然だと思っていた。
でも恵都は逃げることもおびえることもしない。
千鬼の赤く輝く瞳を見つめ鋭い爪をもつ手を握る。
千鬼が見つめると、恵都はよく視線をそらす。
あまり見られると恥ずかしいとむくれる。
だが、千鬼がそうしてほしくないと思う時には絶対に目をそらさない。
恵都はそういう女だった。
誰もが恐れる千鬼と向き合う。
「……からかっただけだ」
「もう、なにそれ!千鬼のいじわる!」
いつものようにむくれた恵都が笑った頃、ようやく千鬼の瞳は黒に戻った。
「恵都を食ったら山吹が怒るからな」
「そうだ!千鬼のせいでお饅頭食べられなくなっちゃったって山吹さんに言いつけてやるんだから」
腰を上げた恵都は来た時と同じように小走りで行ってしまった。
恵都がいなくなった縁側は妙に静かだ。
今までひとりで月を眺めていたのに、どうにも感傷的な気分になる。
隣になにかが足りないような寂しさに、千鬼はわずかに顔をしかめた。