天翔ける君
「すぐ戻る」
それだけ言い残して、千鬼は地を蹴った。
たった一歩で何メートルも飛び、そしてなにもない空中なのに、そこに足場でもあるかのように空を踏み切る。
空中を蹴るたび、千鬼の足元には雲のようなものが現れては消える。
不思議な光景はあっという間に遠ざかり、すぐに見えなくなった。
千鬼の背中が見えなくなっても、中に入るように山吹に促されるまで、恵都は見送った。
信じて待つと決めたものの、恵都のどうしようもない不安は拭えなかった。
千鬼の手が頬に触れた時、あんなにも心が穏やかになったのに、でももうそわそわとして居ても立っても居られない。
「恵都ちゃん、千鬼ならきっと大丈夫だから、とりあえず座りなよ」
見かねた山吹に諭されて、恵都は黙って腰を下ろした。
山吹は落ち着いているように見える。
だが普段したこともないため息が多い。
山吹だって不安には違いないのだ。