恋するキオク
私の隣で外れた楽器のキーを拾う。
キレイな髪が表情を隠して、その心を読み取ることはできなかった。
ただ無言で、私に楽器を手渡して。
自分の楽器を、静かに組み立て始める結城先輩。
「…ありがとうございます」
もしかして
先輩がみんなにあんなこと…?
ううん、結城先輩はそんなことする人に見えないし。
たしかにあの場所にいて、私と省吾の様子を見てたけど、でも…
…だめだ。
悲観的になると、誰も信じられなくなる。
怖くて、不安で…
だからって、誰構わず疑うような、そんな人にはなりたくない。
私は楽器を抱えたまま、準備室を出ようと扉に手をかけた。
するとその後ろから、結城先輩が口を開く。
「別れたらいいじゃない」
「えっ…?」
顔はこっちに向いてないけど、先輩は私と省吾のことを言ってた。
「はっきりしないのは周りにも迷惑だと思うの。ただでさえ省吾は大変な立場なのに、野崎さんに振り回されてたんじゃかわいそう」
「……」
また、心臓がドキドキしてくる。
また、責められるのかって…。
「私は…そういうつもりじゃ」
「自分のこと、善人だと思ってるんでしょ?相手の気持ち考えないといけないとか、悪いことは言えないとか。そういうのが、一番迷惑なのに」
「ちがっ…」
手が震えて…。
またケースを、落としてしまいそうになって。
そうじゃないのに
そんなふうに
考えてるわけじゃないのに
「本当は何があったかとか、事実はどうだとか、私はそんなこと知りたいとも思ってないけど。
あなたがいない方が助かるって気持ちは、みんなと同じかもしれない」
聞こえ始める基礎の音階。
ここで泣くのは、絶対イヤ…
でも、すごく辛い…
「私は…」
「消えてくれたらって…思う」
視線も合わせないままに結城先輩が呟く。
涙はもう、我慢しきれず溢れ出していた。
違うのに、違うのに…
もう…やだよ……
「結城〜、それは言い過ぎなんじゃない?」
「…っ、」
突然目の前の扉が開いて、そこには笑顔の省吾が現れた。
一瞬驚いて…
それでもその姿に、頼ってしまいそうになる自分が情けなかった。
「おいで、陽奈」